078 シャングリラ後日談
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「弁当!? 俺に?」
随分深い時間になってしまったが、せっかく作ったし、と用意していたお弁当を渡してみた。
「うん。夜食でも、明日の朝食べてもらってもいいように、少なめだけど」
「今食いたい! エネルギー消費したし」
「なっ……」
思わず、達樹くんの肩をべしっと叩いてしまう。
「もう! 達樹くん!」
私が熱くなった頬を覆って見せても、達樹くんは楽しそうにニヤニヤしている。
やっぱり、いじわる!
「ありがとう。開けていい?」
にっこり笑う達樹くんに、意地悪されても、やっぱり好きだと思い知らされる。こくりと頷くと、達樹くんはいそいそと包みを開いた。
「すげえ! おにぎりが全部違う! ウインナーがタコになってる! 可愛い!」
目を輝かせる達樹くんを見ると、自分の方がプレゼントをもらったような気さえして来る。
「あー、うま……。俺、卵焼き、甘いのよりこういうしょっぱい方が好きなんだ。嬉しい」
「よかった。ほんとに、何用意していいかわからなすぎて、こんなんになっちゃったけど……」
「すげー嬉しいよ。手作り弁当なんて、高校の時以来じゃないかな……唐揚げもうまい……毎日食いたい」
あっと言う間にお弁当は空になった。自分の作ったご飯をおいしく食べてもらえることがこんなに幸せだなんて、知らなかった……。
「ごちそうさまでした! うまかった……菜々ちゃん、ありがとう」
「お粗末様でした。喜んでもらえてよかった!」
「菜々ちゃん……」
不意に、ぎゅっと手を握られた。達樹くんの瞳は真剣な色を帯びていて、私は戸惑った。
「俺……今までの24回の誕生日の中で、今日が一番幸せ。本当に、俺のためにいろいろ考えてくれて、ありがとう」
達樹くん……。
何も言えなくなり、私はただ首をふるふると振った。そんな私の髪を、達樹くんはそっと撫でてくれた。
「髪……ごめんね。せっかく……」
結局、髪の毛は乱れてしまい、元に戻せず、解いて下ろすのも時間が掛かり、見れる状態にするまでそこそこの時間、達樹くんを待たせてしまった。それでも、あの一時、達樹くんが喜んでくれただけで、私は満足だった。
「写真撮っときゃよかったなあ……あんまり可愛いから、理性が飛んじゃって……」
「ふふ……また、次の誕生日にね」
「うん。俺、毎年今日と同じでいい。ありがとう」
そう言って、達樹くんは私をぎゅっと抱き締めてくれた。
本当に……達樹くんのお誕生日なのに、私の方が嬉しいし幸せ……。
「もう遅いし、近所迷惑になるから、そろそろ帰るね。年末に向けてちょっと忙しくなるから……次にいつ会えるか、わかんないけど……一時間でも、時間ができたら、会ってくれる?」
また、何も言えなくなり、こくりと頷いた。達樹くんとの別れ際は、毎回涙が溢れてしまう。私が涙ぐんでいるのに気付いてくれたのか、達樹くんはそっとキスをしてくれた。
「菜々……愛してる」
瞬間、堪えようとしていた涙が一気に込み上げた。嗚咽が漏れ、止めようと思っても、後から後から、涙が押し出された。
「菜々ちゃ……どうしたの?」
「う……どうしたんだろ……。達樹くんの、お誕生日なのに……私の方が、うれしくて、幸せで……。何も大したことしてないのに、こんなに喜んでくれたから……」
手の甲で涙を拭うと、また、達樹くんは私を抱き締めてくれた。
「言ったでしょ? 菜々ちゃんがいればいいって。でも……それなのに、俺のために悩んで、時間割いてくれたことが、ほんとに嬉しいよ」
「……うん……」
達樹くんの服が涙で濡れてしまいそうだったが、私も達樹くんの背に腕を回して、ぎゅっと抱き締め返した。
どうしよう……離れたくない……。
「はあ……やべー……連れて帰りたい。今日が誕生日ならよかったのになー権限使いまくるのに……」
同じように思ってくれていたことが嬉しいのと、その言い方に、つい笑ってしまった。すると、達樹くんは私を放し、私の顔を覗き込んだ。
「やっと笑ったね」
そして、目元にキスしてくれた。私の感情のすべては、達樹くんの一挙一動に左右されているとまで思えて来てしまう。
「今日はもう遅いから、俺の帰り待たなくていいよ。この後すぐ休んでね。また連絡するから」
そう言って達樹くんは立ち上がった。玄関まで見送ると、「またね」とキスをしてくれた。扉が閉まると、部屋の中の静けさに、寂しさが込み上げそうになる。
「あ……そうだ!」
思い立ち、ラインを開いた。帰りを待たなくていい、という達樹くんの言葉を思い出したが、いや今ならまだ帰っていないだろうから大丈夫! とメッセージを送る。遅いからシャワーは明日の朝にしよう、と化粧だけを落とし、着替えてベッドに潜り込んで暫くすると、返信が届いた。
『菜々ちゃん、最高!
ありがとう!』
実は、美容院で髪をセットしてもらった後、美容師さんが写真を撮ってくれていたのだった。その写真に、『Happy Birthday!』とメッセージを添えて送ったのを読んでくれたらしい。
よかった……喜んでくれて……。
ほっと胸を撫で下ろすのも束の間、次はクリスマスがやって来るな……と、間を空けず訪れるイベントに私はまた頭を悩ませるのだった。
END