078 シャングリラ後日談

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「びっくりしたよ。すごい顔ですごいこえー切り出し方だったから何事かと……」

「もう……ここんとこ、寝る時以外はお誕生日のことばっかり考えてて、何も手につかないの」

うなだれる私を見て、達樹くんはぶはっと吹き出した。

「ありがとう。でも、こう言われると困るとは思うけど、マジで何もいらないよ。そんなに気を遣わなくても」

「……たぶん達樹くんのことだから、そう言うんじゃないかなーとも思ったけど。私の気が済まないの! いつも、色々ともらってばっかりなんだもん」

「そんなことないよ。俺もいつももらってるよ」

そう言って、ほら、と達樹くんは私が食卓に並べた料理を指した。一応、今日うちに来てくれることが決まった時に、晩ご飯のメニューのリクエストを訊いてみたのだが、菜々ちゃんが作ってくれるものなら何でもいい、嫌いなものはないから! と頑なにメニューの指定をしてくれなかったので、仕方なく、達樹くんの好きなお魚をメインで献立を考えたところ、鰈の煮付け、里芋とイカの煮物、きゅうりとわかめとタコの酢の物、しらすと鰹節とネギを乗せた揚げ出し豆腐、あさりと三つ葉のお味噌汁……と、実家感満載の献立になってしまったのだ。この間、達樹くんは普段自炊はしないと教えてくれたので、こういうメニューの方が栄養のバランスが取れていていいかな、と思ったのだが、食卓に料理を並べると、笑われてしまった。

「マジで、菜々ちゃん最高。もっとハンバーグとかオムライスとかパスタとか、そんなんが出てくると思ってた」

「いやあ……そういうのにしようとも思ったよ? 思ったけど、達樹くんはお魚が好きだから……って考えたら、なぜかこうなっちゃったんだよ……」

「確かに、こんな料理、久々だわ。すげー嬉しい。菜々ちゃん、料理上手なんだね」

「上手かはわかんないけど……好きは好きかな。でも一人分作るのはコスパ悪くて、週に一回筑前煮とかをたくさん作っておいて、冷蔵庫に入れて、毎日ちょっとずつ食べたりしてるよ」

「筑前煮! やべー! 食いたい!」

達樹くんはお腹を押さえながら笑っている。

……やっぱり、ハンバーグとかオムライスとかパスタとか、そんなんにすれば良かったかなあ。

少しだけむすっとしながら、グラスを手に取った。

「……麦茶でいいですか」

「はい。いいです。いただきます!」

丁寧に手を合わせ、達樹くんはひとつひとつ、味わうように食べてくれた。

「うま……。幸せ。毎日食いたい……」

「ほんと? 良かった。でも、お母さんの味とは違うんじゃない?」

「確かにちょっと違うけど、でもすげーうまいよ! ご飯進むわ。お代わりある?」

最初はゆっくりと食べていたのに、気が付くとぱくぱくと勢い良く食べ進める達樹くんを見ていると、作って良かったと心からほっとした。ご飯もおかずもすべてお代わりしてくれて、食器を片付けていると、「あ!」と達樹くんが声を上げた。

「どうしたの?」

「菜々ちゃん、あれ……」

達樹くんが指さした先には、舞台の千秋楽の後で彼にもらった花束のドライフラワーがあった。

「もしかして、俺があげた花?」

「あ……うん。お花屋さんでバイトしてる友達に、作り方教えてもらったの」

「うわ……マジで? すげー嬉しい、気に入ってくれて……。でも、それならもっとちゃんとした花束、買えばよかったな」

「ううん! いいの! あれが気に入ったの!」

そう言って、私も壁に飾ったドライフラワーを眺めた。

やっぱり、私はいつももらってばっかりで、達樹くんに何もあげられてないな……。

そう考えていると、達樹くんは先ほどの話題を思い出すように切り出してくれた。

「……本当に、誕生日なんて、何もいらないよ。菜々ちゃんに会えれば、それでいい」

「……でも、会えるのかなあ?」

「ちょっと、スケジュール調節してるから。少しでも時間ができたら、会いたい」

「……それじゃあ、私にできること、何もなくない?」

「そんなことないよ。当日体調崩したり、事故に遭ったりしないように気を付けないと」

「なにそれ! 誕生日じゃなくても、いつもじゃん!」

本当だ、と達樹くんは明るく笑った。本人に訊けば何かヒントが得られるだろうと思ったのに、これなら訊かない方が良かったかも……。

佐々木さんとかに訊けば何かわかるかもしれないけど、こんなことで連絡するのは気が引けるし、佐々木さんも『菜々ちゃんが顔見せればそれでいいと思うよ』とか言いそうだなあ……。

そんなことを考えながらタオルで手を拭っていると、突然後ろから抱き竦められた。思わず、肩をびくつかせてしまう。体を強張らせていると、首筋に頬を擦り寄せられた。

「困らせてごめんね。でも本当だよ。菜々がいればいい」

耳元で囁かれ、そのまま耳にキスされた。ひゃっ、と声が漏れてしまう。鼓動が、達樹くんに伝わってしまいそうだ。身動きできずにいると、後ろからクスクスと笑い声が聞こえた。

「こんな反応、いつまで見られんのかなあ」

それを聞いて、急に、からかわれているような気分に陥る。

「……いじわる……」

顔だけを後ろに向けて抗議の声を上げると、達樹くんはまた明るく笑って、今度は正面から抱き締めてくれた。

「可愛い……。菜々……」

優しく唇を塞がれる。少しだけ心臓の動きが緩やかになった。お誕生日プレゼントのことをはぐらかされているような気にもなったが、達樹くんの熱い息遣いと手のひらに、いつの間にか夢中になってしまうのだった。
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