お題小説B
□088 心地良いから
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「……未紀」
「……なーに」
「何、考えてんだ」
「……、啓ちゃんこそ」
現状に堪え切れないくせに、自分から別れを切り出せないのは、わたしもまた、啓ちゃんのそばにいるのは心地良いと思ってしまっているからなんだろう。
わたしは卑怯だ。たとえ啓ちゃんから別れを切り出されても、あっさり受け入れられるほど嫌いになったわけでもないのに。
啓ちゃん、大好きだよ。
だけど、この気持ちを吐き出せば、なんとかなるの? 救ってくれるの?
涙だけじゃなく、しゃくり上げる声まで出て来た。どうしよう、いい加減啓ちゃん怒るよ、と焦っていると、未紀っ、と啓ちゃんがうなるように呟いた。そして、わたしを離して勢い良く両手をわたしの顔に伸ばした。「殴られる!」と身構えたけど、啓ちゃんは殴らないで、わたしの顔を包むように掴んだ。
「未紀…泣くなよ。お前が、泣くと…俺、ほんとに…」
眉間にしわを寄せて、歯噛みしながら啓ちゃんは言った。啓ちゃん、わたしのせいで、そんなにつらそうにしないでよ。
「啓ちゃん…ごめんね」
「……なんで」
「啓ちゃんまで、泣いてるみたい」
「……泣いてねぇもん」
「うそ。目ぇ赤いよ」
「……未紀が泣くから釣られたんだよ」
うそつき。さっき、ほんとにつらそうに、「お前が泣くと俺……」って言ってた。
うれしいのとおかしいのとで、つい笑ってしまった。