お題小説B

□078 シャングリラ
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078 シャングリラ

少し肌寒い四月の夜、疲れ切った足取りで私は下宿先のアパートに帰って来た。大学二回生になり、新しい時間割にも慣れたのでバイトの時間を増やしたのが仇になったようだった。靴を脱ぎ捨てて部屋に入り、掛け時計を見ると時刻は深夜零時を回っている。早くシャワーを浴びないと近所迷惑になるな……と思いながらも体を動かす気になれず、なんとなくテレビを点けた。

「あ……」

チャンネルは深夜バラエティの真っ最中で、今人気沸騰中の若手実力派俳優・坂井達樹がゲストとして出演しているようだ。

「わあ、ラッキー!」

彼のファンの私は思わずソファに腰掛け身を乗り出した。番組はまだ序盤のようで、MCが坂井達樹に告知を促している。

『実は僕、今度舞台出演が決まったんです! 舞台は何度か経験があるんですが、今回ありがたいことに主演なんですよ!』

嬉しそうに笑う坂井達樹に、MCも笑顔を返している。

『おっ! おめでとう! どんな舞台なの?』

『まだ詳しいことは全然決まってなくって』

『え!? じゃダメじゃん! 何を告知する気なの!?』

『今回、相手役の女の子を一般募集することになって。18歳から25歳までの女の子、どんどん応募してください!』

へえ、一般募集……すごいなあ。

『え〜、それって坂井くんのタイプの女子のストライクゾーンじゃないの〜?』

『いやっ何言ってんすか! もうちょい広いですよ!』

『あははは! じゃ、そんなわけで、我こそはと奮起する女子! こちらの宛先まで!』

『まず書類審査がありますんで。応募締め切りは……』

ほう……坂井達樹のストライクゾーンは広いのか。私はもうすぐ二十歳だよ! ど真ん中だよ!

テレビの中で笑顔を振りまく坂井達樹に、届くはずもない主張を投げ掛ける。

「届くはずもない」……。

急激に気落ちするのを感じた私はテレビを消した。

いい加減お風呂に入ろう……。

沈む気分とは裏腹に、私の体はいやに滑らかに支度を進めるのだった。
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