お題小説B

□077 さいごのひとかけら
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077 さいごのひとかけら

この人を、温かいと思ったのは初めてだ。私が嫌だと言って、どんなに首を振っても、私がどんなに泣き喚いて哀願しても、この人は。

その腕で私を抑え付け、

その腕で私を殴り、

その腕で私を犯した。



それなのに今、私は、散々私を弄んだその腕の中に抱かれ、その腕を温かいと感じている。ああ、人というのは、虐げられるより、心地好く甘美な愛撫を受けた時に涙を流すものなのだ。耳元で小さく、絞り出すような嗄れ声で名前を囁かれ、喉の奥がクッと詰まるような錯覚を覚えた。体験したことの無い未知の感覚に堪え兼ね鼻を啜ると。

私を抱くその腕の力は一層強さを増し、

その指は私の前髪を掻き上げ、

その唇は私の額につっ突くような弱いキスを何度も施した。



私の、この唇も。

この身体も。

誇りさえも。

全てこの人に奪われた。

それでも私が絶望の中で、何を失っても守り抜いた、心までは支配されまいとする強靱な意志―――。

私は今、それすらも、この人に奪われつつあった。





END
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