お題小説B

□063 独占欲
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063 独占欲

かつてないピンチだ。



「………」

「ごめんて」

「………」

「何もしてないから」

「………」

「なぁ、何か喋ってくれよ」

「………」

付けっ放しのテレビから、明日の天気予報が流れている。雨が降るのか…傘忘れねぇようにしねぇと、と一瞬考えたが、意識はすぐに眼前の問題の方へ帰って来た。

さっきから、ずっとこの状態だ。こっちを見ようともしてくれない。いや、俺が悪いんだ。だけど…せめて謝罪くらいさせてくれ。



先週の金曜日、会社の上司や同僚と遊びに行った。いわゆる夜のお店にだ。断りたかったが、半ば無理矢理付き合わされたのだ。舞に言ったら怒るに決まっているので黙っているつもりでいたのだが、一体どこから漏れたのか……。

こういうのは、言うなら最初から言った方が良く、言わないならいつまでも秘密にしている方がいい。こうやって中途半端にばれるのが一番厄介なのだ。

「舞、悪かったよ。もう絶対行かねぇから」

困り果てて発した言葉に、舞は小さく反応し、目だけを俺に向けて小さく言った。

「……うそ」

「あ?」

舞がゆっくり体をこっちに向けた。目は逸らされてしまったが。しかしそんなことはどうでも良かった。

「……わかってるわよ、樹が疚しいことしてるわけないってことくらい」

「……?」

「だけど、『もう絶対行かない』なんて、どうして言い切れるの? また会社の人に誘われたら、行かざるを得ないでしょ? 樹はその度に、私に嘘をついて、こそこそして。私はその度に樹を疑って、やきもきしなきゃいけない……」

「……舞」

「そんな未来が、たまらなく嫌なの。私さえ我慢すればいいのかもしれないけど、そんな風に割り切れるほど、私はまだ出来た女じゃない……」

舞は、殆ど表情を変えずに、淡々と自分の心境を話した。俺はただ驚くしかなかった。舞、お前は、いつも俺に対して何の感情も示さない癖に、その心の中に、どんなに大きな独占欲を抱いているんだ。

「……どうしたらいいのか、どういう態度を取ったらいいのか、わからない。どんなに考えても正解が見つからない。それがどんなに歯痒いか、あんたにもわかるでしょ?」

舞の言う通りだ。どうしようもないということが、こんなにも腹立たしい。これからこんなことがある度に、解決策がわからないまま、どちらかが少しずつ妥協しなくてはならないのか……。

「……舞」

だけど、今の俺には、一つだけわかっていることがあるはずだ。

「俺が、お前に秘密にしようとしたのは、舞に知られて、舞を失いたくなかったからだよ」

舞がゆっくりと顔を上げた。無表情だと思っていたのに、助けを求めているような目つきをしている。

「未来がどうなるかは、誰にもわからない。明日になったら、俺たちは何かがあって別れてるかもしれない。でも、今俺は、舞が好きで一緒にいる。舞もそうだろ?」

「………」

返事も無く、頷きもしなかったが、舞は座ったまま、もそもそと不器用にこっちへ寄って来た。頭を撫でてやると、強張っていた表情が緩んだ。

「……樹」

「ん?」

「そういうお店の女の子って、やっぱり綺麗なの」

「大丈夫だよ舞が世界で一番可愛いから」

「! うっさいバカ死ね! 触んないで!!」

「んだよほんとのことなのに」

「やめてやめて! 聞きたくな…ちょっ触んないでってば!!」

無理に触ろうとするといつも暴れられるが、肩を抱いて髪を撫でれば大抵落ち着く。キスしようとしても逃げられなかった。

「舞、ごめんな。好きだよ」

「……うん」

ああ、可愛い奴だな。何とか説得して今日も泊まって貰おう。

そう思い始めた時、何かが窓を打つ音が聞こえて来た。

「樹、雨だよ。洗濯物入れなきゃ」

「うそ、雨降るって言ってたっけ?」

「……さぁ?」





END
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