お題小説A
□048 ペリドット
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048 ペリドット
どこまでも続く青い空と、どこまでも続く緑の草原。
「なんて良いお天気でしょう。お布団を干そうかしら」
部屋の中に戻っても、あの人は眠ったままだった。
「もう、旦那様。そろそろ起きて下さい、もうお昼ですよ?」
「ん……いいじゃないか。こんなに気持ちのいい天気なんだ、君も一緒に眠ろう」
「ダメです! お布団が干せません。お昼寝なら外のお日様の下の方がきっと気持ちいいはずですよ」
「わかったよ……まったく君は強引だな」
私と旦那様があの家を飛び出してから、もうどれほどの月日が経ったのだろう。旦那様の莫大な財産を鞄に詰め込めるだけ詰め込み、私たちは国中を彷徨い歩いた。二人ともすっかり疲れ果てたある日、「ずっと東の方に誰も使っていない小屋がひとつあるはずだ」と、酒屋で気のいい老夫婦に教えてもらった。
それから、私と旦那様の新しい生活が始まった。
「ああ…本当にいい天気だな」
私の分の布団を持ってくれていた旦那様が、太陽の眩しさに目を細めた。
「ね? だからもう少し頑張って、これを干しましょう。それから、二人でお昼寝しましょう。私たちだって、お布団と同じだわ。ときどきはお日様の下で寝転がって、湿気を抜かなきゃ」
私がそう言うと、旦那様は笑って私にキスをした。
そして、布団を干し終えてから、二人で草の上に横になった。
「ああ、まるで世界に青と緑しか色が無いみたい。なんて美しいのかしら」
「……美しいものを美しいと思える心が美しいんだよ」
「そんな…私の卑小な心と比べてしまっては、この空と草原があまりに不憫です」
「そんなことはない。君の心は美しいよ。この世界のどんな風景よりも……」
「嫌ですわ。恥ずかし……」
最後まで、言葉を繋げられなかった。旦那様が、あまりに真剣な目で私を見つめていたから。
「……いかがなさったのですか、旦那様」
「……君は、いつまで私を『旦那様』と呼ぶつもりだい?」
「え…だって、何とお呼びしたら良いのか」
「それから、敬語も。私はもう、君の『旦那様』ではないんだよ?」
困ってしまった。確かにそうだけど、急にそんなことを注意されても……。
私が俯いて黙り込むと、旦那様は「待っていてくれ」と小屋に帰って行った。暫くして戻って来た旦那様は、さっきと変わらない真剣な表情だった。
「ちょっと、手を出して」
「な、何ですか?」
「いいから。ほら」
戸惑いながらも私が両手を差し出すと、旦那様は私の左手を取り、その薬指に指輪を嵌めた。
「え……こ、これ」
「ルレオ。私と結婚して欲しい」
美しいペリドットの嵌まった指輪だった。ペリドットは八月の誕生石だ。そして、八月は。
「旦那様…私の生まれ月なんて、覚えて下さっていらしたのですか」
「ああ、実はあの家にいた頃から、既に買ってあったんだ。サイズが心配だったんだが、良かった。ちゃんとはまったみたいだな」
ああ、旦那様。
こんなことをなさるなんて、あなたは卑怯だわ。
こんなにも、私の気持ちを膨れ上がらせる。
「知っているかい? ペリドットの宝石言葉は、『夫婦愛』と『希望』らしいんだ。素敵だと思わないか?」
「ええ……とても素敵です」
旦那様の瞳を見つめた。
あの空よりも、美しい青。
「ルレオ…私と、結婚してくれるかい?」
「……はい、ライル、さん」
指輪のペリドットを見つめた。
この草原よりも、美しい緑。
END