お題小説A
□040 嘘つき
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「こんな時間にいかがなさったのです? 御気分でも優れませんか?」
「ああ、眠れなくてね…君の方こそ、今まで眠っていた風ではないようだが?」
「……旦那様、私は……」
「いや、判っている。私のことを心配してくれているのだろう。そんな顔をしないでくれ」
違います、旦那様。私の心を占めているのはそんな美しい感情ではなく、嫉妬という醜い感情なのです。
私は涙を流して言った。
「旦那様……申し訳ございません。私は嘘をつきました。本当は、旦那様に、他の人と結婚なんてして頂きたくありません。旦那様のお傍にいるのは私でありたい等と、厚顔無恥な欲望を抱いております」
旦那様は驚き、茫然と私を見つめていたが、ふと我に返ったように私の肩を掴み、私を諭した。
「落ち着きなさい、泣かなくてもいい」
「なりません! 旦那様は誠実な私を好きだとおっしゃっいました。嘘つきな私では旦那様には釣り合うことは叶いません! お放し下さい…っ!」
私がそう言うと、旦那様は突然私にキスをした。
「な…っ、旦那様っ」
「聞きなさい。嘘をついたのは君だけではない」
「え…?」
「君に交際を断られた時、私は平気な顔をして君を諦めたように振舞ったが、私はあれからただの脱け殻になった。君を、忘れることなど出来なかった。それでも、私の幸せとは、君が幸せでいることだ。君が、私の傍に居ることを厭うならと、それが君の幸せの為ならと、私は今までずっと、君にも、自分の気持ちにも、嘘をついていたんだ……」
旦那様の言葉を理解できるまでに、少し時間がかかった。そして理解してからも、暫く言葉が出て来なかった。
お互いを思いやるあまり、お互いを傷付けていたのだ。
私はまた、涙を流した。
「人の気持ちとは…皮肉ですね」
「皮肉なものか。こうして私たちは、本当の気持ちを確かめ合うことが出来た。それで十分さ、もう私たちは悩む必要も、嘘をつく必要もない」
「……はい」