お題小説A
□033 アルビノ
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本当に誰よりも辛いのは彼女だ。希望を全て絶たれる彼女だ。生き残った人間の悲しみは、自分勝手なものだ。なぜなら、愛する人が死んだ時の涙は、決して死んだ人間の為の涙ではなく、その人の居ない人生を歩まなくてはならない自分の為の涙だからだ。
すべての言葉が、彼女にとって嫌味になるのではないかと恐れた。俺は生き、彼女は死ぬ。その事実さえも、彼女には嫌味になるというのに……。
「……ねえ?」
彼女が柔らかく、俺を呼んだ。返事もせず、俺は顔を上げた。
「あなたの元を離れた理由、さっき言ったことももちろんあるわ。でも……。あなたのそういう、悲しむ顔を見たくなかったのよ。何も知らないまま、あなたをほったらかしにすることへの罪悪感ももちろんあったわ。だけど、あなたを落胆させることが、あまりにも怖かったの」
開けられた窓から風がそよぎ、彼女の髪を揺らした。俺は何かに憑かれたように、彼女の瞳を見つめていた。
「だけど、私が死んだという事実を、あなたが死ぬまでずっと隠せるという保障はない。むしろ、隠し事をされていたという事実を知ってしまったときの、あなたの絶望は……落胆の比ではなかったのね」
彼女が言おうとしていること、彼女の言葉の意味が、俺にはよくわからなかった。
「ごめんなさい。何度謝っても……許されないと思ってる。本当に、ごめんなさい」
なぜ彼女が謝っているのだろう。悪いのは俺ではなかったのか。
気付くと、俺は彼女の腕の中に居た。温かく、俺がずっと望んでいた場所だったのに、俺の目からは涙が溢れた。彼女の白くなった腕がぼんやりと見えた。ああ……。
「……俺は、お前が、まだ好きだよ」
「……? うん」
「どんなことがあっても、……お前が死んでも、それでも好きだよ」
「……うん」
「だから、頼むよ。一人になろうとするな。俺はずっと、お前のそばにいたいんだよ……」
彼女の腕が震え始めた。状態が悪くなったのかと思ったが、彼女も泣いているのだと気付くのにそう時間はかからなかった。
「……私だって、あなたが好き。会いたかった……」
消え入りそうな声だったが、俺にはしっかりと聞き取れた。
俺の取った行動が正しかったのかどうかは、未だにわからない。彼女を訪ねない方が、もしかしたら彼女は安らかに死ねたかもしれない。それでも……俺は少しでも、彼女の傍に居られて幸せだった。そして、きっと俺は、彼女の涙と笑顔を忘れない。
END