078 シャングリラ後日談
□夢と追憶
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「外、すごいね……真っ白になって来た……」
「うん……マジで、仕事早く終わってよかったわ。こんな雨んなか、外にいたくねえ……」
「ほんとだね。私も心配になるよ。こんな雨降りで、達樹くん何してるんだろうって」
「ありがとう。俺も心配するよ。無事かな、バイトあるのかなって」
くすぐったい気持ちになり、二人で笑い合った時、バチン! という音が響き、電気が消えた。
「えっ! 停電?」
「菜々ちゃん、動かないで」
携帯の明かりを頼りに、達樹くんが側に来てくれた。スープを煮込んでいるガスを止め、私の手元を照らしてくれた。
「ケガしてない?」
「うん、大丈夫。ありがと……」
「手洗って、座ろう」
私をソファに座らせ、達樹くんは窓の側へ立った。
「周りは、電気来てるとこと来てないとこあるみたいだな。よく停電するの?」
「うん……たまに。越して来てから、3回目くらいかな……。でも、いつもすぐ復旧するけど」
「そっか……」
レースカーテンだけを閉め、達樹くんは私の側に戻って来てくれた。
「まだこの時間だから、多少マシだけど……夜になったら、真っ暗になるな。懐中電灯とかランタンとか、ある?」
「あっ、ある! 初めて停電した次の日、買ったの」
私も携帯の明かりを頼りに、クローゼットからランタンを引っ張り出した。スイッチを入れると、暖かなオレンジ色の明かりが灯った。テーブルに置き、二人でソファに座り直した。
「おおー。なんかいいね。雰囲気あって」
「うん。いつもの部屋なのに、そうじゃないみたい!」
でも……達樹くんが側にいるから、そう思えるんだろうけど……。もし独りだったら、半泣きになりながら、「早く点いて!!」って祈ってただろうなあ。
達樹くんの肩に頭を凭せ掛けると、彼はまた、私の肩を優しく抱いてくれた。
「……ご飯、ごめんね、途中で……。早く点いてほしいな……」
「全然いいよ。そう考えたら、今のうちにコンビニとか走って食いもん買って来た方がいいかな……」
「えー! こんな雨の中!?」
「いやそうなんだよな〜……また着替えなきゃいけなくなるし……」
「あっ……そっか。もう替えがないね……。じゃ、私が行くよ」
「絶っっ対だめ。何かあったら俺後追うから」
「あははっ! やめて! 冗談に聞こえない!」
「いや冗談じゃねーから! マジだから!」
「もう……わかったよ。もうちょっと様子見よっか」
二人でソファに座りながらお喋りしているうち、エアコンが切れてしまったせいで暑くなって来た。それでも、達樹くんはずっと私の肩を抱いてくれていて、暑いのは苦手なのに、それも心地良く感じられた。不快でない程度の暑さと、柔らかなランタンの明かりのせいもあってか、なんとなく眠くなって来てしまう。しかし、また外が明るく光り、次の瞬間、轟音が耳を劈いた。
「きゃあっ!!」
「うわ……ビビったあ。近いな」
「怖……びっくりしたあ」
「俺、やっぱコンビニ行ってくるわ。来るとき着てた服着て行く」
「えっ、ええっ!?」
「でも、同じようなこと考えてる人多いだろうから、もうあんま商品残ってないかもな……」
「待っ……危ないよ!」
「すぐ戻るから大丈夫。カサ借りるね、意味ないかもしんないけど。待ってて」
そう言って、大雨の中、達樹くんは本当に出て行ってしまった。途端に、寂しさと恐怖が体を這うように襲って来る。窓を叩く雨の音にも、先ほどは優しく感じていたランタンの明かりにも、孤独を煽られるようだった。
そわそわと落ち着かない気持ちでソファに座っていると、外から、雨音とは違う音が聞こえた。耳を澄ませるとだんだんはっきりと聞こえて来たそれは、救急車と消防車のサイレンだった。
うそ、やだ……怖い、まさか……!
鳥肌が立ったが、次の瞬間、インターホンが鳴った。慌ててモニターを覗くと達樹くんが立っていて、ほっと息をついた。
「達樹くん〜〜!! よかった……!!」
「ごめんね、お待たせ。菜々ちゃん、濡れるよ!」
「う〜〜……」
達樹くんにしがみ付いたまま離れようとしない私に、彼は戸惑ったような声を上げた。
「え、え? 菜々ちゃん、泣いてる!?」
「だってー……心配した……!!」
「なんだよ、大げさだなあ。すぐ戻るって言ったろ?」
「だって、救急車と消防車通ったんだもん! 達樹くんに何かあったらって……!」
「ああ……俺も聞こえた。ごめんね、心配かけて」
「うん……」
達樹くんに再び着替えてもらい、買って来てくれたコンビニの袋を改めて見てみると、思いの外大きくて重そうだ。
「こんなに……重かったでしょ?」
「んー、やっぱ、あんま商品、残ってなかったわ。水もガスもいらないようなもんはちょっとだけだった……おにぎりと菓子パンと……あとは水と、缶詰とか」
「えー、ありがとう! わざわざ……」
「いいけど、菜々ちゃんのご飯、楽しみにしてたから、それが残念だなあ……」
その時、達樹くんの言葉を聞いていたかのように、電気が点いた。