078 シャングリラ後日談
□ワンアンドオンリー
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扉が開くと同時に、私は勢い良く達樹くんに抱き付いた。達樹くんも、待ち切れなかったというように、私を強く抱き締めてくれた。
「達樹くん〜〜!」
「菜々……!」
腕が緩められると、どちらからともなく、唇が重ねられた。
ああ……達樹くん……。
あっという間に心が満たされる。それでも、達樹くんは気が済まないようで、チュッと音を立てて唇を離し、私を心配そうに見つめた。
「菜々、どこ触られた? 本当に抱き締められただけ? キスされたり変なとこ触られたりしてない?」
いつもなら笑ってしまうところだが、今日は私も達樹くんと同じ気持ちだ。
「そんなことされてたら、殴るだけで済まないよ……刺してたかも」
「ぶはっ! こ、殺すの?」
「殺すつもりはありませんでした、正当防衛ですって取調室でしゃべるはめになってたかも」
「あははっ! こえー! まあ……菜々ちゃんがやんなくても、俺がやってたかもしんねえけど」
漸く笑い合った。達樹くんの手を取り、自分の手首を掴ませた。
「手首掴まれた……反対の手で、背中に腕回された。それだけだよ」
「『だけ』じゃねえけどな……マジで許せねえわ……」
「……達樹……もう一回、ぎゅってして……」
いつもの温かい感覚に心から安心したが、離れてしまった後、また鳥肌を立てる羽目にならないように、もっと強くこの感覚を体に染み込ませたい。達樹くんの胸に頭をぐりぐりと押し付けると、彼は少し体を仰け反らせた。
「ちょっ……菜々ちゃん、くすぐったいって!」
「や〜〜!」
逃げようとする達樹くんに、強引にキスをした。舌を絡めると、達樹くんは少し体を強張らせたが、すぐに応えてくれた。うっとりと溺れそうになっていると、達樹くんは唇を離し、余裕のない声を絞り出した。
「……やべえって……時間ねえのに……」
達樹くんはこの後すぐ、ラジオの打ち合わせに行かないといけない。忙しい時間を割いて、わざわざ会いに来てくれたのだ。それでも……。
「……もうちょっと……」
もうちょっとだけ、こうしていたい……。達樹くんの首に腕を回し、もう一度キスをした。舌を絡め、唇を食み、チュッ、チュッと何度も口付けていると、達樹くんは私の肩を掴んで体を離し、私を睨み付けた。
「菜々……犯すぞ」
なっ……!
「な、な、なんてこと言うの!」
「だって全然、離してくれねえから……」
「さ、30分しかないんでしょ!」
「ちょっと渋滞してたから、あと15分くらいかな……」
「よけいダメじゃんっ!」
「俺は15分あれば全然イケるけど」
「………!!」
その言い方に、かっと体が熱くなる。
「もお……! そんな……やってすぐ、バイバイなんて……セフレみたいな扱いイヤっ!」
ぼす、と再び達樹くんの胸に顔を埋めた。少し間を空けて、達樹くんはそっと私の肩を抱いてくれた。
「……ごめんね。そんなつもりじゃ……」
「……わかってる。私こそ、ごめんなさい」
「いや……」
呟いて、達樹くんは私の額に口付けてくれた。少しだけ、大胆な気分になって来る。
「じゃ……続きは、また明日……だよね?」
私の言葉に、達樹くんは目を見開いた。
「あーーもう……! 菜々、煽んなよ!」
「だって〜〜……」
「はあ……」
溜め息をついて、達樹くんはまた、ぎゅっと私を抱き締めた。私の肩口に顔を埋めたまま、達樹くんは苦しそうな声を上げた。
「菜々……もう、大丈夫? 俺が帰ったあと、一人で眠れる? 明日仕事頑張れる?」
ふっと笑みが零れた。
「……達樹、自分に言ってるみたいだよ」
達樹くんもふっと笑った。
「よくわかってるね。かなわねえわ」
体を離して、笑い合った。
「……もう行くね。菜々ちゃんの言った通り、名残惜しくなるから」
「ん……ありがとう、来てくれて……」
「俺もありがとう。会いたいって言ってくれて……」
達樹くんはコツ、と私の額に自分の額をくっつけてくれた。そのまま、最後にもう一度キスをして、達樹くんは穏やかに言った。
「じゃあね。またラインする」
「うん……気を付けてね」
「ありがとう」
扉が閉まった。部屋にも上がってもらわずに、玄関での、本当に、たった十五分だけの逢瀬だった。それでも、先ほど駅前で電話を切った時と、こんなにも気持ちが違う。
たった十五分のためだけに、わざわざ会いに来てくれた……。
達樹くん、好き……!
ぎゅっと自分の体を抱き締めた。
不思議……さっきはあんなに体中気持ち悪かったのに、もう全然平気……。
それどころか、少しの間だけでも達樹くんに会えて、温もりを感じることができたきっかけを与えてくれた東さんに感謝の気持ちすら湧いて来る。明日顔を合わせても、笑い掛けることはできなさそうだが、挨拶くらいはできそうだ。
いつも達樹くんが私を気に掛けてくれていると思えば……。
明日も仕事があるというのに、それよりもその先の達樹くんとの約束のことばかり、私は考えてしまっていた。
END