お題小説B

□072 帰り道
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072 帰り道

この日も、私は入江くんとバイトだった。入った途端にみんなの揶揄攻撃を受ける。今日のラストも私と入江くんだけだ。みんなはどうやら私たちを二人っきりにさせる作戦に出るつもりらしい。ハッ、光速で片付けて意地でもみんなと一緒に帰ってやる!

……ところが。

ラストオーダー一分前にニューゲスト。空気読めよ〜〜!! もうメニューも下げてたのに……。

ホールのラストが何時に終わるかは、お客さんが何時に帰るかによるから、こんな時間に来店されたら、確実に他のみんなより終わるのは遅くなる。笑顔で接客する自信を無くした。



「運悪いっすね」

お客さんがメニューを覗き込む様子をしかめっ面で見つめながら、入江くんが呟いた。私も溜め息を吐き、苦々しげに言った。

「そうだねー。もう、私あそこオーダー取んないから」

「うわー! この人ムチャクチャだ!」

「私は中のことやるからー、入江くん、あの卓頼むね☆」

「え〜、ジュースおごってくれたらいいっすよ!」

「給料入ったばっかじゃん!! 自分で買いなよっ」

「給料入ったばっかだからこそっすよ! 関口さん相当稼いだでしょ!」

……やっぱり、普通に話してりゃいいヤツなんだけどなぁ。だけどひとつ年下だし、恋愛対象としてはなぁ。

しかし、ノーゲストになった後の片付けの時、入江くんが突然妙なことを訊いて来た。

「関口さん、いつから今の彼氏と付き合ってんですか?」

「なに、急に。二年ぐらい前かな」

私は洗い場を片付けながら、事も無げに答えた。

「結構長いっすね」

「まあねー」

「俺、やっぱり全然脈ないっすか?」

「……え?」

途端、ドリンクバーの洗い物を持って来た入江くんに、鋭い眼差しで睨まれた。恐らく本人に睨んでいるつもりは無いのだろう、しかし、あまりの気迫に、私はそう錯覚せざるを得なかった。

射抜かれる。身動きが取れない、入江くんの瞳から目が離せない。

「……い、入江く」

「基」

「え?」

「俺、名前『基』っていうんですよ。呼んで下さい。奈緒さん」

脳がぐらついたようだった。足が動かない。何か喋ろうと口を開くも、口内が乾き切って言葉が出て来ない。

「……奈緒さん、好きです。俺本気です。彼氏と別れて下さい。つらい思い、させませんから」

唇は乾くのに、瞳は潤んで仕方無かった。……そして、私は入江くんに唇を食まれた。不思議と、私は入江くんを拒めなかった。

しかし、次の瞬間、私は一気に我に帰った。血の気が引いた。



雅治―――……。



「……っあ、す、すいません! 俺っ……」

入江くんは、ひどく取り乱して私から飛び退いた。私にはもう、考える余裕が無かった。

「……いいよ。早く片付けよ、裏口閉まっちゃうし」



それからは、終始、無言だった。全身を圧迫するような罪悪感。私がだらしなくしているせいで、入江くんを悩ませている。雅治を裏切って、自分を傷付けて……。

雅治、

会いたい。





CONTD.
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