お題小説B
□066 人見知り
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066 人見知り
未紀は頻繁に俺のことを「啓ちゃん」と呼んだ。時々、啓一という本名を忘れそうになる。しかし懐っこいかと言えば全然そんなことない。いつも俺に遠慮しているような、いつも自分と俺の間に距離を置いているような、そんな感じだ。どことなくよそよそしい。友達なんかは、どこがだよ全然そんなことねーじゃん、と俺の肩を叩く。でも、未紀は、絶対に俺に気を遣っている。俺には、それが憤ろしかった。
今日もいつものように、未紀は俺にあれしてこれしてと注文の雨を降らせた。俺は素直に言うことを聞いた。未紀は何かと、抱っこして、だのチューして、だのと俺に頼む。ここまで言われると、どうも自分からはやり辛い。だからせめて、未紀の望みは出来るだけ叶えてやる。
いつもなら、こうして言う通りにしていればおとなしくなる。だが、今日の未紀は違った。……泣いている。流れる涙を止めようとも拭おうともせず、ただ、気の済むように泣いているように見えた。
何を考えているんだ、と訊けば、啓ちゃんこそ、と返された。
未紀。
不安なのか。
俺の気持ちが読めなくて不安なのか。
何も言えなかった、何も出来なかった。どうしていいかわからなかった。その内、未紀が嗚咽を漏らし始めた。痛ましい声だった。未紀にこんなに悲痛な声を出させているのは、俺なんだな。
「……未紀っ」
腕を外して、未紀の顔を両手で掴むようにして俺の方を向かせた。
「未紀…泣くなよ。お前が、泣くと…俺、ほんとに……」
一言ずつ、ゆっくりと言葉を絞り出した。未紀はじっ、と俺を見つめた。