お題小説B

□062 手料理
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062 手料理

たとえば両手に荷物を持っていてドアを開けたいときとか、

階段を踏み外して転げ落ちそうになるときとか、

そんな何気ないときに、何気なく手を差し出してくれるような人なら。



「だからさぁ、ヘタだって言ってんじゃん」

「お前ね、愛しい彼氏の為に手作りチョコ作る意欲も湧かんの?」

「どーせおいしくないもん。あんたまずいもの食べないでしょ」

「俺の為だと思ったらうまく作れるって」

「時間とお金と労力と材料の無駄なの」

二月初め、私たちは毎日、こんな会話を繰り返していた。何度言ってもわかってくれない。絆を深める為のバレンタインのはずなのに、これじゃあ……。

結局根負けして、お手製のチョコを作る羽目になった。私の料理のレベルなんてたかが知れてるし、台所に立つのなんかいつ振りかわからないって言うのに。



そして十四日。出来上がったら家に持って行く約束をして、ちょっと気合いを入れてエプロンを着てみる。調理台に材料を所狭しと並べ、穴が開くほどレシピを見つめながら材料を量る。

「はー、恋する乙女だなぁ〜」

独り言を呟いた。ちょっとキモイぞ自分。

その時、インターホンが鳴った。……なんか、やな予感。

「ってやっぱりお前かよ!」

「んだよその言い草! いや〜綾香が俺の為に手作りチョコって! こら見届けんとあきまへんえ! みたいなね!」

「なにそのテンション気色悪いな! だいたいね、食べ物ってのは作ってるとこ見ると食う気失せるのよ!」

「まーまー、俺のことはいーから☆つっかさぶいから早くなか入れて」

「死ね!」

……そんなこんなで、私は今、奴の刺さるような視線を背中に受けながら包丁を握っている。

「危なっかしいなぁ、何だその手つき!」

「うるっさい! 今あたしに話し掛けないで死ぬわよ!」

「……へーへー」

退屈になったのか、そこら辺のものを触り始めた。ガタガタカチャカチャ気ィ散るんですが。

「あ、やっべぇちょっとこぼした。まぁいーやこっちのやつ入れとこ。……ん? コレ片栗粉か? ん?」

あ〜〜〜〜もう!!!!

「修平〜!!!! あんたいい加減にしてよね!!!! こっちがどれだけ……」

「バカ、綾! 危ねぇ!!」

………え?



どうやら、握っていた包丁の真下に私の手があったらしく。取り上げられてしまいました。

「……ったくよー、そこまでたぁ思わなかったよ、綾香さんよー」

「もういーよ! ちょっと黙って!」

今度こそ手元から目を離さずに、真剣にチョコレートを刻む。ただし、今度は修平が隣に立って。

……もうすぐ出来上がるだろうこのチョコを、おいしいなんて言ってくれなくて構わない。

こんなに小さくて非力で、あなたの口に合うものさえ作り出せないこの指を、あなたは咄嗟に守ってくれたから。

照れ臭いような、くすぐったいような、とにかくありがとうという気持ちを、たくさんたくさんこのチョコに込めよう。

修平、おいしいって言ってくれなくても、食べてくれなくったっていいから、

せめて、この気持ちだけは受け取ってね。





END
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