お題小説A

□054 氷解
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054 氷解

毎日が、幸せだった。

温かい彼。

優しい彼。

いつでも私の味方でいてくれる彼。

彼が傍にいてくれるだけで、彼が笑いかけてくれるだけで、私は。

幸せだった。



それは本当に突然だった。いつも、目を覚ませば隣にいる筈の彼が居ない。部屋を見渡せば、彼どころか、彼の荷物さえ無い。名前を呼んでも、捜し回っても、彼の姿はどこにも無い。連絡を取ろうとケータイを開くと、発歴にも着歴にも電話帳にも、彼の名前は無かった。

私の元にはもう、彼が私の傍に居たという証拠が、何一つ無かった。



ふと、昨日のことを思い出した。



私がシャワーを浴びている時、部屋から怒鳴り声が聞こえた。彼はきっと、シャワーの音があるから私には聞こえていないつもりだったのだろう。でも、あまりに大きなその声は、シャワーの水音よりも大きく響いた。何に対して怒鳴っているのかは判らなかったが、私が上がった時にはもういつもの彼だったので、さして気には止めなかった。

そして今日、彼が居なくなって。彼が怒鳴っていた言葉の内容を思い出して。

私は気付いてしまった。

私は利用されたのだと。

私は彼を誤解していたのだと。



誤解なんて、悪いものだけだと思っていた。悪い誤解は解けた時に、なんだそうだったのかと、笑って済ますことが出来る。そして、私が今まで出会って来た誤解は、そんなものばかりだったから。良い誤解、つまり「良い方に誤解する」というのは、その誤解が解けた時に、こんなに不快で、惨めで、どうしようもなく悔しくなるものなのか。

私の誤解は、私の幸せと、温かい居場所と、優しい彼と一緒に、音を立てて解けていった。





END
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