お題小説A
□044 現し夢
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044 現し夢
その男の子が初めて店に来た時に案内をしたのが私だった。「いらっしゃいませ」と応対をすると、「ガイダンスに来たんですが……」という、遠慮がちな声が返って来た。本当に、その時は、「ああ、新しいバイトさんかぁ」くらいしか思っていなかった。
その男の子は入江くんといった。さぼり癖があるが覚えが早く、店のみんなにもすぐに気に入られた。私と入江くんは、よく一緒にバイトに入った。二人共バイトに入れる曜日・時間帯が同じだった為、当然といえば当然だが。
入江くんとは息が合った。仕事もすぐに片付くので、時間が余ればお喋りに興じた。
「えー、関口さん彼氏いるんすか!」
床掃除をしていると、キッチンの方から入江くんの大声が聞こえて来た。モップを立て、溜め息を吐きながら言った。
「入江くん、またキッチンさんとしゃべってんの? ホール見といてって言ったじゃん! しかも私の話かよ。すこぶるどうでもいいよ」
「どうでもいいって何ですか。へぇ〜、関口さんにねぇ……」
「何なの、ずいぶん意外そうに言うじゃん」
「あっ、いえいえ! 意外っていうより、ちょっとショックなんですよ」
な、何それ。誤解を招くような言い方やめてよ!
「おっ、入江〜。お前、奈緒に気ィあんの?」
ほら、こうなると思った。も〜、めんどくさいなぁ……。
「そうなんですよ〜。俺、関口さん結構好きだったんで」
…………ん?
次の瞬間、キッチン内は疎か、パントリー内にまでどよめきが走った。
「まっ、マジかよ〜入江!」
「マジですよ。えっ何でみんなそんなにびっくりするんすか」
「いやするよ! え〜、奈緒ちゃーん、付き合ってあげたら? 入江くんいいと思うけどなぁ」
「ちょっ、みんな何言いだすの!?」
「いやいや、入江は結構いい男だと思うよ〜? 関口、彼氏とあんまうまく行ってねんだろ?」
「え、そうなんすか関口さん」
「なっ、何言ってるんですか! うまくは行ってますよ! ただちょっとアレなだけですっ」
「アレって?」
「……言わない」
「あ〜自信ないんだ〜別れろって言われるの恐いんだ!」
「違っ、言いたくないだけ! 別に―――」
「すいませーん、レジお願いしたいんですけどー」
「!!!!」
……話に夢中になって、ホール見とくの忘れるなんて。社員が居なくてよかった。
だけど、そのお客さんが帰った後、店はノーゲストになったので、話に再び火が点くのは早かった。もう上がって着替え終わった人まで、ラストの仕事を手伝いながら話に入って来た。