お題小説A
□031 凪
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031 凪
バイトが終わったその足で、私は雅治のアパートへ向かった。もう日付が変わろうとしている。明日も雅治は仕事だ、恐らく眠ってしまっているだろう。きっと、雅治の迷惑になる。それでも―――
私がこんな状態でいる方が、絶対迷惑だ。
玄関の前まで来て、私はインターホンを押すのを躊躇った。無意識にケータイを取り出し、雅治の番号に電話を掛けた。
出てくれるだろうか。コール音を聞く度に、私は緩やかに緊張した。そして、九回目のコールで、彼が出た。
『……はい』
「……雅治」
『どうしたんだよ……もう十二時回ってんぞ』
「ごめん、寝てたよね」
『当たり前だろ……なんかあったのか?』
「うん…実はね、今家の前まで来たの。開けてくれないかなぁ……」
『はぁ? 家って、俺の?』
「そう」
『まじで? ちょ、ちょっと待ってな』
少し乱暴に通話が途切れ、しばらくして雅治がドアを開けてくれた。
「うお。まじでいた」
「ごめん…遅くに」
「とりあえず入れよ。なんか飲むもん持ってくるから」
「あ、いい、いい。すぐ帰るから」
「……どうしたんだよ、奈緒」
雅治が、訝しげに私の顔を覗き込む。胸の奥がざわざわした。私は、今、雅治に何を話すべきで、どうすべきなんだろう。
「あのね……」
……考えたって、どうせまとまらない。思ったこと、あったこと、全部話そう。
漸く私が話し終えた頃、雅治の目はすっかり覚めているようだった。逆に、表情は、私の話したことを理解していないようだった。
「……で?」
続きを促され、私は目を瞬かせた。
「で……って?」
「いや、それを俺に話して、お前はどうしたいの? その新人と付き合いたいから別れてってこと?」
「ち、違う。そうじゃないの」
「じゃ何」
「何、って……」
「もー、お前わっかんねぇよ。俺明日仕事なんだけど。とりあえずまたにしてよ」
ふつ、と怒りが込み上げた。
「何それ……」
拳を握り締め、身を乗り出した。
「雅治が普段からそんなんだから私だって不安になるんじゃん!!」
「は!? 俺のせいかよ!!」
「そうじゃないって言い切れるの!? 全っ部私のせいなの!?」
「お前に隙があったからじゃねーのかよ!!」
「隙を作らせたのは雅治でしょ!!」
その時。
天井からドン! という大きな音がした。私と雅治は、二人して飛び上がって天井を見た。