お題小説B
□083 常陰
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「雨宮……」
「ん?」
身を乗り出して、キスをした。雨宮は無表情のまま、耳だけは赤かった。
「……帰ろっか」
そう話し掛けても、雨宮は動かない。そんなショックだったの? 失礼な。
「……寺本」
「なーに」
「どういうつもりだ」
少しだけ、苛立った。私がいけないことをしたみたいな言い方に聞こえたからだ。ゆっくりと、雨宮に向き直った。
「……だって、したくなったんだもん。雨宮が悪いんだよ、あんな無防備だから。うーん…でもまぁゴメン。忘れて」
本当の気持ちだった。こんな風にこそこそしたくない。せっかくお互いに好きなのに、話したい時に話せない。目も合わせられない、笑い合えない。……本当に心配して欲しい人に本当に心配して欲しい時に、それが叶わない。せめて、二人切りでいる時くらい、わがままになりたい。私たち付き合ってるんだっていう証拠が欲しい。言い触らすようなことじゃないけど、隠しておくようなことでもないし。雨宮はまた黙った。そしてつかつかと私の方に歩いて来た。
「な、なに? 雨み―――」
唇に、噛み付かれた。
私は雨宮の首に腕を回して、目を閉じた。口に舌が入って来た。私は夢中になった。ぴちゃぴちゃいう音がやたら恥ずかしかったが、雨宮は全く気にしていないようだった。
どれくらい、時間が経ったのだろう。
『6時になりました。まだ校内に残っている生徒は、ただちに下校して下さい。繰り返します……』
私たちは驚いて唇を離した。息を整え、髪を耳に掛けた。
「……帰ろう。寺本のせいで遅くなった」
「え、は!? 雨宮がして来たんじゃんっ」
「先にして来たのどっちかな〜」
「……う」
そして雨宮は黙った。ねめつけるように私を見ている。何かを考えているようにも見えたが、どうにも居心地が悪かった。
「……寺本」
「な、なによぉ」
「……何言われても知らねーぞ」
「そんなの…いーよ。雨宮こそ……」
目を見て言うことは出来なかったけど、ちらっと雨宮の顔を見ると、真っ赤な顔で笑っている。ああ、ようやく明日から、堂々と二人でお喋りが出来る。
常に日陰にいなければならなかった私たちが、漸く太陽の下に飛び出せるのだ。
そう思うと、どんなことも光り輝いて見えるような、何だかとてもわくわくするような、今まで恐れていた全てのものを慈しむことさえ出来るような、不思議な感情が後から後から溢れた。
CONTD.