078 シャングリラ後日談

□彼女と彼と私
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「そうだ。台本もいいんだけど……ちょっとムチャなお願い、いいかな……」

「え!? 何だろ……なに?」

「あの、菜々の誕生日のとき、達樹くんが『シャングリラ』の台詞を覚えて来てくれて、2人でちょっとだけ再現したって聞いて、うらやましくて。やってみてほしい……」

「ええ!?」

二人は目を丸くした。菜々が立ち上がりそうな勢いで叫んだ。

「ちょっ……私も巻き込んでるっ!!」

「いいじゃん! 日頃、私に世話になってるんでしょ!」

「いや待っ……俺台詞覚えてないよ!」

「菜々、台本持ってるよね?」

「マジかよ! 本気じゃん!」

「いや、私持ってない! てゆーかどこにしまったかわかんない!」

「ウソつけっ! 達樹くんの関わってるものは何でもちゃんと整頓してしまってんじゃん」

「きゃーーー!!! なんでそんなこと言うの!!?」

「そーなの? 菜々ちゃん、ちょっと見せてよ」

「やだやだやだ!! 大事なコレクションなんだから!!」

「うわっ、そんなちゃんと管理してくれてんの? やべーうれしい!」

「もお!! 仁美のばか!! もーー!!!」

「いーから、早く台本取ってきてよ。ちょっとでいいからお願い!」

「菜々ちゃん、やってあげようよ」

「もーーー!!!」

達樹くんはこっち見ないで! と泣きそうな声で呟き、菜々はクローゼットを漁った。暫くして菜々が持って来た台本は、あちこちに付箋が付いていてボロボロだった。

すご……初めて見る……。

「懐かしいな……」

「ほんとだね。ちょうど1年前だな」

「もう……どこ! どこやればいいの!」

「あんたの誕生日にやったって言ってたとこ!」

「ああ……」

「じゃあ、仁美ちゃん待ってて。菜々ちゃん、向こうで合わせよう」

「ええっ!? そんなちゃんとやるの!?」

「仁美ちゃんのたっての願いだよ! やらないわけにいかねーだろ!」

「え〜〜恥ずかしい〜〜」

「でも、ルレオは全然だけど、ライルは台詞長いからなあ……仁美ちゃんごめん、ちょっと時間ちょうだい。本気でやるから」

「う、うん……」

やば……坂井達樹だ。かっこいい……。

そして、二人は洗面所に立った。まだ少しだけ残っていたタルトを口に運んだが、ほとんど味がわからない。

な、なんで私がこんなに緊張するんだろ……自分でお願いしたのに……。

ドキドキしながら待っていると、十分ほどで二人は戻って来た。菜々はぐったりとしていたが、達樹くんの表情は真剣そのものだった。

「仁美ちゃん、ごめんね。お待たせ」

「あ、いえ……」

「菜々ちゃん、いい?」

「はあ……。うん」

「本番行くよ」

俯いて目を閉じ、息をついて、再び顔を上げて目を開けた達樹くんが、菜々の腕を掴んだ。菜々は達樹くんの胸に両手を添え、目を見開いた。

「な……旦那様!」

「聞きなさい。嘘をついたのは君だけではない」

「え……?」

「君に求婚を断られた時、私は平気な顔をして君を諦めたように振舞ったが、私はあれからただの脱け殻になった。君を、忘れることなど出来なかった。それでも、私の幸せとは、君が幸せでいることだ。君が、私の傍に居ることを厭うならと、それが君の幸せの為ならと、私は今までずっと、君にも、自分の気持ちにも、嘘をついていたんだ……」

……す、すご……坂井達樹……。

しかし、菜々の方も、坂井達樹の演技に全く圧倒されていない。数回瞬きして息を吸い込み、菜々は小さく呟いた。

「……人の気持ちとは……皮肉ですね……」

「皮肉なものか。こうして私たちは、本当の気持ちを確かめ合うことが出来た。それで十分さ、もう私たちは悩む必要も、嘘をつく必要もない」

「……はい……」

小さく返事をし、ひとつ深呼吸をして、菜々がパチンと手を叩いた。

「はいおしまい!! あーー!! 疲れた!!」

「ひゃ〜〜ありがとう〜〜!! あーーー!!! 尊いーーー!!!」

「ぶはっ! あー、よかった。満足してくれて」

「も〜〜やば〜〜!! 衣装じゃないのが、またいい……はあ……贅沢ーーー!!!」

力一杯拍手した。

ほんっとに贅沢!! 坂井達樹の生演技……!! 鳥肌えぐい!!

「もうほんと疲れた……暑い……汗やばい。本番とは違う緊張感が……」

「菜々ちゃん、良かったよ。全然、感覚忘れてないね」

「そうかなあ……」

「菜々、さっきんとこの直前、キスシーンあったのに省いちゃったの?」

「いや誕生日に再現したとこってあんたが言ったから、そこしかしないわ! ほんとだったら旦那様の『君に求婚を……』のとこからだったのに、達樹くんがちょっと足してくれたんだから!」

「あん時のキスシーンはキスするフリだったから、やろうか? って提案したけど、菜々ちゃんが『仁美の前でやりたくない!!』っつーからさあ……」

「当たり前でしょ!! なんか達樹くん、フリじゃなくてほんとにしそうだし!!」

「いやさすがに人前ではやんねーよ!」

「見たかったなあ。フリじゃなくてほんとにやってくれてもよかったけど……キスシーン入れてもっかいする?」

「アホか!! もう二度とやんない!!」

「なによー! 減るもんじゃあるまいしっ!」

「寿命縮むわ!!」

「あははっ! じゃあ仁美ちゃん、俺からもお願いがあるんだけど、いいかな?」

「えっ!?」

な、何だろ……。怖い。

体を強張らせていると、達樹くんはソファに座り、ニヤッと笑った。
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