078 シャングリラ後日談
□彼女と彼と私
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食べながら改めて二人を見ていると、本当に不思議だ。菜々と、あの坂井達樹が、付き合ってるなんて……。それでも、笑い合いながらタルトを食べる二人は、心から幸せそうだし、お似合いに見える。
「おいしー! マスカットもおいしい!」
「うまいね。近く通ったら、また買ってくるよ」
「ほんと! うれしい! でもたぶん、これ3つとも期間限定だよねえ」
「あー、今旬だもんなあ。確かに……」
「さくらんぼのもほしい……」
「えー!? もう……じゃあちょっとだけ……はい」
そう言って、達樹くんはフォークでタルトを切り、菜々のお皿の上に乗せた。それを見て、ついぽろっと声を上げてしまった。
「普段、あーんして食べさせたりとか、しないの?」
そう言うと、二人はびっくりしたように私を見た。
「いやっ、仁美ちゃんの前ではできないよ!」
「しない、しない! 私、できない……恥ずかしすぎる……」
「仁美ちゃんが嫌がらなかったら、俺はできるけど」
「私がイヤっ!!」
「ふうん……ほんとに、慣れないんだねえ」
「慣れないよ……たぶんずっと慣れないと思う……」
「何だよ! もう、そのへんの男と同じだっていつも言ってんのに」
「その顔面でそんなこと言わないで……そのへんの男に殴られるよ」
いつも二人きりでいるときも、こんな感じなのかなあ。ほんとに初々しいし、お似合いだし、かわいい。
つい笑っていると、菜々が口を尖らせた。
「なに笑ってんのよお!」
「べつにー。仲よさそーでいいなーって」
「仁美ちゃんは、彼氏いないんだっけ?」
「仁美ってば、ついさっき、友達の紹介で男の子に会ってたんだけど、ヤリモクだってわかって逃げてきたんだって!」
「こらあ!! いらんことゆーな!!」
私が声を荒げると、達樹くんは少し眉根に皺を寄せた。
「仁美ちゃん。男なんてほんとにバカばっかりだから、初対面の男を簡単に信用しないようにね。友達の紹介でも、できれば2人きりじゃなくて複数で会うとか。元からよく知ってる人と付き合うことになっても、何があるかわかんないし……」
「うわ。出た出た……」
「何だよ。出たって何が!」
「達樹くん、すぐこーいうこと言うんだもん!」
「いやマジだから! この前の合コンの時も言ったろ!」
へえ……こういうことか。
あまりに心配性で、時々お父さんと話してるみたいに感じると、菜々から話には聞いていた。菜々は少し疎ましそうにしていたが、私にはよくわかる。
「ありがとう、心配してくれて。気を付けるね」
「おお。仁美ちゃん、素直だね」
「普段は素直じゃないよ。相手が達樹くんだからだよ」
「何よ! そりゃ素直にもなるよ! 坂井達樹に心配されたら!」
「あはは! いや、ほんと……もし仁美ちゃんに何かあったら、俺マジで嫌だから。仁美ちゃん、焦ることないよ。って、俺が言っても、説得力ないかもしんないけど」
「いやほんと……菜々の話聞いてたら、私も彼氏ほしくなるよ! うらやましすぎるもん!」
「は〜〜!? あんたがいつも話聞かせてって言ってくるんじゃん!」
「当たり前でしょ!! 菜々だけ一人占めしてずるい〜〜!!」
「なんじゃそりゃ……」
「あはははっ! あー、涙出てきた。仁美ちゃん、言ってくれたら、何でもあげるよ。チケットも取るし、グッズでも私物でも」
「へっ!?」
「え〜〜!? この前、達樹くん、シャツにサインしたの仁美にあげてたじゃん!」
数ヶ月前週刊誌に、達樹くんのマンションを訪れる菜々の写真が撮られ、暫く二人が会えなくなってしまった時、私はできるだけ菜々の側にいるようにしていた。別に頼まれたわけでもないし、自分がそうしたくてそうしていただけなのに、達樹くんは自分のTシャツにサインしたものを私に渡して欲しいと、菜々に言付けてくれた。
「ああっ! 私も、お礼言わなきゃいけなかったんだ……。ほんとに、あの時はありがとう。めちゃくちゃうれしかった……家宝にする!」
「いやいや、そんなん、こちらこそだよ。あんなんでよかったらいっくらでもあげるよ! 何がいいかな……あ、何かの台本にサインするかな」
「え〜〜!? 仁美ずるい!! 私もほしい!!」
「いや菜々こそなんぼでももらえるでしょ!!」
「菜々ちゃん、ほしいの!? そんなん、言ったことねーじゃん!」
「だって言いにくい〜〜」
「あー……そういや、付き合う前から、菜々ちゃんそういうの、言わなかったなあ。じゃあ菜々ちゃんにはまた改めて持ってくるから……仁美ちゃんには『シャングリラ』の台本がいいかなあ」
「やっ……『シャングリラ』のはもらえない! 達樹くんに持っててほしい……」
言いながら、はっと思い出した。