078 シャングリラ後日談

□彼女と彼と私
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「仁美ちゃん、改めて、いつも本当にありがとう。この前週刊誌に撮られた時、仁美ちゃんがずっと菜々ちゃんのそばにいてくれてたって、菜々ちゃんから聞いてるよ。仁美ちゃんにも、迷惑かけたね……」

坂井達樹は、ソファに座るとすぐ、申し訳なさそうに切り出して来た。

「いえ……あ、ううん……。私が勝手に、菜々のそばにいたくて、そうしてただけだから……」

「ほんとに、仲良しなんだね。あっ、それに、ずいぶん前だけど……年明けすぐの頃、合コンから菜々ちゃんを連れて帰った時、仁美ちゃんだけ置いてっちゃったよね。あのあと、大丈夫だった?」

「あ、全然、大丈夫。すぐに帰ったから……」

あー、やばいー、全然目え見れない……菜々にまた失礼だって怒られるー……。

つい目を伏せてしまったが、そうすると、坂井達樹が膝の上で組んでいる、筋張った手が目に入る。

こんなに間近で見れるなんて……。めっちゃきれーな手……指ながー爪きれい……。

無意識にボーッとしてしまうが、坂井達樹は全く気に留めていないようだ。

「よかった。そういえば、この前のマレーシアのお土産、食べてくれてる?」

「あ、うん……食べないのも、もったいないと思って、食べてるけど……やっぱりどうしてももったいなくて、ひとつだけまだ残ってる……」

「あはははっ! なんだよ、それっ!」

そこで菜々が戻って来た。助かったと言わんばかりに、私は立ち上がった。

「菜々、ありがと……こっち来て。私向かいに座るから」

「え? 何でよ!」

「もう、左半身だけ蒸発しそう……」

「ぷふっ。何それっ! ちょっとは緊張ほぐれたかと思ったのに」

「ムチャ言うなって……」

「仁美ちゃん、全然俺の方見てくれないんだけど。寂しいわ」

うわ。バレてた。いや、そりゃそうか。

「しょーがないよ。仁美ほんっとに、坂井達樹大好きだから。私よりファンだったんだから」

「菜々!! いらんことゆーな!!」

「え!? そーなの!? ありがとう!」

「いや、えーと、こちらこそ……」

殆どうなだれるに近いお辞儀をすると、坂井達樹は「あっ!」と大声を上げた。

「そうだ、これを一番に言わなきゃいけなかった。仁美ちゃん、本当に、『シャングリラ』のオーディションに菜々ちゃんを連れてきてくれてありがとう! それがなかったら、菜々ちゃんと付き合うどころか、出会えてもなかった。ほんとに、俺と菜々ちゃんの恩人だよ。ありがとう」

「あ……それはそうだね。仁美、ありがとう」

二人に頭を下げられ、私は戸惑った。

「いや、そんな……軽い気持ちだったし……。オーディションに通った、菜々の実力のおかげです……」

「ちょっと……そんなこと言ったら、私がオーディションに通ったのも、偶然だけどね……」

「そんなことないよ。もちろん、あの時の演技が決め手になったって佐々木さんは言ってたけど、歌もダンスも、それ以外の要素でも、菜々ちゃんの能力が高かったから選ばれたんだよ。あの演技だけじゃ、佐々木さんが何をどう言おうと通ってなかったはずだよ」

「え……そうなの? 自分ではわかんないけど……」

恥ずかしそうに首の後ろに手をやる菜々を見ながら、『シャングリラ』を思い出した。

「ほんとに……いい舞台だったよね。ひいき目抜きにしても、菜々がヒロインでよかったって思うよ」

ぽつりと呟くと、坂井達樹は嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう。俺もほんとに、そう思うよ」

「仁美、何回も観に来てくれたんだよ。初日も千秋楽も来てくれたよね」

「えー!? めっちゃいいお客さんじゃん! ありがとう!」

「あ、いや、そんな……」

「も〜〜、あんたいつまでその感じなの!? やりにくいわ!」

「ムチャ言うなっちゅーの……あんただって未だに慣れないっていつも言ってんじゃん」

「うわっ! バラすなっ!」

「あははっ! そーなの?」

「もおー! もういいよっ! 仁美、ケーキ選んでよ!」

「あ……」

忘れてた。

目の前には、マスカット、桃、さくらんぼのタルトが並んでいた。

ほんとにおいしそう……どれもきれい……。

「……あの……坂井さん……」

「ん?」

「あの、あの……私、勝手に、菜々の前では、坂井さんのこと、達樹くん……って呼んでるんですけど……大丈夫ですか……」

目を泳がせて言うと、坂井達樹は大笑いした。菜々まで笑い出すので、もう私は居心地が悪過ぎて帰りたくなってしまった。

「あー、何かと思ったわ! 全然いいよ、何でも。つーか、敬語じゃなくていいってば!」

「いやもう、ほんと面白すぎる! 借りてきた猫かっ! 別人すぎるわ!」

「うるさいなっ! しょーがないじゃん!」

「あー、おもしれー。いいよ、菜々ちゃんと2人でいる時の感じで!」

「あ、ありがとう……。じゃあ、あの、えーと……達樹くん……は、お仕事で、どれを食べたの?」

「え? 俺は、桃のとマスカットのやつ」

「じゃあ、桃のにする。菜々、達樹くんにさくらんぼ食べてもらいなよ」

「え〜〜私も桃のがよかった〜〜」

「何よ……じゃあ半分こする?」

「うん! やったー!」
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