078 シャングリラ後日談
□彼女と彼と私
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「仁美。達樹くん、仁美に会いたいって言ってるけど」
……は?
「え、え、どーゆーこと?」
「いや私も聞きたい。達樹くん、どういうこと?」
私に会いたい……菜々にじゃなくて? え? は!?
「うん……うん、いやまあ、確かにそうだけど。えーと……いつも仁美ちゃんにお世話になってるから、改めて会って挨拶したいって。どーする?」
ええ……!? 何それ……!!
「いや、私何もしてないよ!! いい、いい、そんなの!!」
「そーなの? 断る?」
「うん、断って!! 私心臓もたないから!!」
今まで、坂井達樹には二回、お目にかかったことがある。一度目は、まだ菜々が達樹くんとお付き合いを始める前、テレビ局の前で、菜々が元彼の武史くんにひどい目に遭わされた後に、たまたま菜々を迎えに行った時。二度目は、菜々が達樹くんとお付き合いを始めてすぐ、鈴華にそう知らされないままに菜々と合コンに参加してしまい、怒った達樹くんが菜々を迎えに来た時。
一度目の時は、初めて生で坂井達樹をこの目で見て、そして、『菜々ちゃんに付いててあげてくれる?』とお願いされて……緊張やら興奮やら、よくわからない感情が入り交じり、ろくに返事もできず、ただ頷くしかできなかった。
二度目の時は、菜々の潔白を証明したい一心で、坂井達樹に意見するようなことをしたけど……。今思えば、よくあんなことができたものだと、自分に感心してしまう。
坂井達樹は、大好きだけど……やっぱり私は、テレビやスクリーン越しに観ているだけで充分だ。その上、菜々から色々と話を聞かせてもらえて、もう、お腹張り裂けそう。もしかして私って、日本で菜々の次に坂井達樹に近い女の子かも……。
そんなことを考えながら急いで玄関に向かうと、菜々に服の裾を掴まれた。
「仁美。達樹くん、代わってって」
「はっ?」
「代わってって」
「代わっ……で、電話?」
「そう。早く」
「いやーーー!!! ムリ!!!」
「うるさっ! もう、早く! あんたさっき、坂井達樹を待たすなっつったじゃん!」
「いや、言ったけど!! ええ……!?」
携帯を持つ手が震えている。恐る恐る携帯を耳に当てると、電話の向こうで、坂井達樹の楽しそうな笑い声が聞こえた。
『あはははっ! あー、おもしれえ』
「あ、あの……」
『あ。仁美ちゃん?』
心臓が潰れそうだ。
あの、あの坂井達樹に、「仁美ちゃん」なんて……!!
過去二回とも「仁美ちゃん」と呼ばれているのに、全く慣れない。過呼吸なりそう……。
「あ、はい……」
『坂井達樹です。ごめんね、突然』
知ってます。もちろん知ってます。
菜々が達樹くんと付き合う前は、なんなら菜々より私の方が坂井達樹のことを好きだったのだ。私は手はおろか声まで震えてしまった。
「い、いえ……こちらこそ、すみません……」
助けを求めようと菜々を見ると、彼女は口元を押さえながら肩を震わせている。
いや何笑ってくれてんの!!
『ふふ。そんなに緊張しなくていいよ。仁美ちゃん、俺ずっと、仁美ちゃんに会ってちゃんと挨拶したいって思ってたんだ。いつもお世話になってるし、お礼がしたい。迷惑?』
め……迷惑……。
「そ、そんなことないです……」
『本当? ありがとう! すぐ行くね。3〜40分くらいかな。菜々ちゃんに言っといて!』
私の返事を待たずに、電話が切れてしまった。
「………」
「切れたの? なんて言ってた?」
「菜々!! 断れなかった!!!」
泣きそうになりながら再び菜々に掴み掛かると、彼女は吹き出した。
「あははっ! いや、わかる。そーなの。坂井達樹ってすごいの。断れないの!」
「どーしよ!! やばい!! 来る!!」
「そんな、バケモンが襲ってくるみたいな言い方するなよ……」
「ちょっと待ってやばい!! 私死ぬかも!!」
「あ〜、わかるわ〜! 私も何っ回も死にかけてるもんなあ……」
「ねえ、私化粧おかしくない? 髪とか服とか大丈夫かな!?」
「あ〜!! わかるわ〜!!」
「いや聞けよ!!」
大騒ぎしていると、時間はあっという間に過ぎて行く。インターホンの音に、私は飛び上がった。