078 シャングリラ後日談
□彼女と彼と私
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「え!? もう!? ちょっと待っ……まだ髪整えてないっ!!」
「もー、うるさい! 坂井達樹を待たすな!」
「いやーっ待って!! 開けないで!!」
「はーい。どうぞー」
「待ってって!!!」
暫くすると、もう一度インターホンが鳴った。玄関に向かう菜々に、そんな必要はないのに忍び足で付いて行く。
……いやいや、落ち着け、私。そんなわけない! きっと全部ウソで夢だ。あの坂井達樹がこの扉の向こうにいるなんて、そんなわけ……。
「お邪魔します」
「達樹くん! わざわざありがとう!」
ぎゃーーー本物!!! あああああ!!!!!
思わず洗面所に隠れてしまった。菜々と話す坂井達樹をこっそりと盗み見る。
か、かっこいい……。背え高……肌きれー……。
「あれ? 仁美ちゃんは?」
「え? 後ろにいない?」
名前を呼ばれ、体がびくついた。壁から顔だけを覗かせると、菜々は大げさに溜め息をついた。
「何やってんの! こっち来て!」
「いやーーー引っ張んないで!! この距離キープして!!」
「も〜うるさいってば! せっかく来てくれたのに、失礼でしょ!」
し、失礼……。確かに。
もうやるしかないと、恐る恐る菜々の隣に立った。顔を上げると、紛れもなく、あの坂井達樹の、穏やかな笑顔があった。
「仁美ちゃん! 急にごめんね。改めて、坂井達樹です。いつも本当にありがとう」
わー……。
あの坂井達樹が、私に面と向かって、名前を呼んでお礼を言ってくれた……。
ぼうっとしていると、横からお尻を抓られた。
「いっ……! あ、えーと……片桐仁美です……。こちらこそ、いつも、菜々を大切にしてくださって、ありがとうございます……」
お辞儀して、勇気を出して目を見つめると、坂井達樹はにっこり笑ってくれた。
「タメ口でいいよ。ほんと、気を遣わないで!」
「ええっ……!」
「俺、敬語使われるの苦手だから」
また、助けを求めようと菜々を見ると、彼女はまた口元を押さえながら俯いて肩を震わせていた。
こいつ……!!
「さ、中に入れて。菜々ちゃん、お土産買ってきたよ。みんなで食べよう」
「えー、ありがとう! なに、なに?」
「さっき、情報番組のロケだったんだ。取材させてもらった店で食ったケーキがすげえうまくてさあ。全部種類違うからケンカになるけど」
「えーっ! 達樹くん、食べたんでしょ? じゃあ私から選ばせてよっ!」
「いやいや、まず仁美ちゃんだろ!」
「え〜〜〜」
やばー、菜々……坂井達樹と会話してる……。番組、ロケ……すっごい、芸能人の会話……。
呆気に取られていると、菜々の大声が飛んで来た。
「仁美! いつまでボーッとしてんの! 早くおいでよ!」
「あ、はい……」
口だけを動かすと、菜々は大笑いした。
「もー、仁美、やめて! 面白すぎるからっ!」
「いやムチャ言うな……」
「達樹くん、仁美も、座ってて! 私ケーキとコーヒー用意してくるから」
はっ!!??
「待って、待って! 行かないでっ!」
「もー! うるさい! しつこい!」
「もう死ぬ……隣に座るなんてムリ!!」
菜々の肩にしがみ付いて、小声で抗議していたつもりが、坂井達樹には聞こえていたらしい。
「……仁美ちゃん、ほんとごめんね、突然。困らせるつもりじゃなかったんだけど……」
それを聞いて、私は弾かれたように坂井達樹の方に向き直った。
「坂井さんは何も悪くないですっっ!!」
つい大声を上げてしまった。やばっ! と両手で口を覆ったが、坂井達樹は一瞬ぽかんとした後、また楽しそうに笑った。
「ありがとう。ほんとに、気を遣わないで。敬語じゃなくていいから!」
「……はい……。あ、うん……」
いやもう……なんなの、坂井達樹って。私まで惚れてまうわ! 惚れてるけど!
少しだけ落ち着いた気持ちで、私はなんとか坂井達樹の隣に座った。