078 シャングリラ後日談
□想いを形に
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「……達樹くん……」
「ん?」
「あのね……ちょっと、待ってて」
そう言って起き上がり、ベッドサイドの明かりを点け、菜々ちゃんはクローゼットの方へ歩いて行った。何だろうと、俺も体を起こした。戻って来た菜々ちゃんは、目を泳がせながら、両手をそっと俺の方へ差し出した。
「……これ……もし、よかったら……」
小さな両手の平に乗せられていたのは、鍵だった。
まさか……。
「あの、ほんとに、もしよかったら、なんだけど! 差し支えなければ! 迷惑じゃなければ、なんだけど! イヤだったら全然……」
「これ……合い鍵?」
まだ目を泳がせている菜々ちゃんの言葉を遮り、尋ねた。
「……うん……明日、私に合わせて早起きするの、大変かなあって……。これがあったら、達樹くん、自分のタイミングで出かけられるかなあって……」
「……くれるの?」
「ん、うん……あの、ほんと! もしよかったら! いらなかったら、全然……」
また言葉を遮り、抱き締めた。
もう……本当に……。
「ありがとう……すげえ嬉しい……」
「あの、イヤじゃない……?」
「なんでイヤなんだよ! 意味わかんねえ!」
「だって、合い鍵なんか渡されたら、重いかなーって……」
「ぶはっ! 普段俺の方が重いことしてるし、言ってんのになあ」
合い鍵ごと、菜々ちゃんの手を握り、口付けた。
「菜々……ありがとう。鍵もだけど……これを渡してもいいって思うくらい、俺のこと信頼してくれてるっていう、気持ちが……すっげえ嬉しい……」
「……よかった……。これで、明日、ゆっくり寝ていられるね」
「でも、いいの? 俺何するかわかんないよ。下着とか勝手にパクるかもしんないよ」
「あははっ! 何それ! 2〜3枚残しといてくれれば、別にいいけど……」
「え? いいの!?」
「あ。女子高生のだとかウソついて、売ったりしないでよ!」
「しねーよ! どんなイメージだよ!」
「あはは! それより、冷蔵庫の中身使うなら、何使ったかラインして。作るつもりのもの作れないと困るから」
下着より食材かよ!
菜々ちゃんらしいと、笑ってしまう。立ち上がり、鞄からキーケースを取り出して鍵を付けた。支配欲が満たされ、ぞわ、と優越感が体中を巡った。
「……今度、俺の部屋の鍵も渡すね」
「やっ、いい! いいよっ!」
「え!? なんで!?」
「私の部屋の鍵と、坂井達樹の部屋の鍵じゃ、重みが違うからっ! もし私が誰かに襲われて、鍵盗まれたりしたら、もう達樹くんに合わせる顔ないよ……」
「なんだそれ……そんなん、菜々ちゃんなんも悪くねーじゃん。そいつが悪いじゃん」
「でも、もしなくしたりしたら……」
「いいよ。それは俺も同じだし」
「や〜〜……私、そんなつもりで鍵渡したんじゃないんだよ! 本当に……」
「わかってるって! 大丈夫だよ」
もう一度口付け、ぎゅっと抱き締めると、菜々ちゃんはやっと大人しくなった。
「さっ、もう寝よう。明日もあるから」
「ん……」