078 シャングリラ後日談
□あなたのことを教えて
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夕方、大学から部屋へ戻り、バイト先の制服の用意をしながら、私は溜め息をついた。達樹くんのお誕生日から、二日が経っていた。なんとかお誕生日をやり過ごした……というと語弊があるが、大したものは用意できなくても、喜んではもらえたものの、もう三週間もすれば、クリスマスがやって来る。何を用意すればいいんだろうと、また途方に暮れてしまう。悩みながらも、バイトに行かなきゃと玄関に向かうと、鞄からラインの通知音が聞こえた。見ると、それは達樹くんからだった。『今電話大丈夫?』という内容に、私は慌てて『うん』と返信した。電話をくれた達樹くんの声は、なぜだか少しだけ元気がないように感じた。
『菜々ちゃん、急にごめんね』
「大丈夫だよ。……どうしたの?」
用件もだが、達樹くんの様子が心配になり、恐る恐る尋ねてみた。
『菜々ちゃん……ごめんね。この前、少しだけ話したけど、この仕事って、年末に向けて忙しくなるんだ。それで……クリスマスに出かけたりとかができないんだけど……』
言いにくそうにする達樹くんに、私は拍子抜けした。
「なあんだ。そんなの、全然いいよ。何かと思った!」
私の言い方に、今度は達樹くんが拍子抜けしたようだった。
『全然って……菜々ちゃん、イルミネーション見に行きたいとか、いい店で食事したいとか、そんなんないの?』
「全然ない。外寒いし、どこも人多いだろうし、いいお店で食事なんて高くつくし、そんなとこ出かけられる服なんてないし」
そう言うと、達樹くんは大笑いした。その声を聞いて、デリカシーのない言い方をしたような気になってしまった。
「あっ……もちろん、会えればうれしいよ! でも、クリスマスだからって、特別どこかに行きたいとか、そんなのは私、あんまり……」
『あはは……いや、ごめんごめん。菜々ちゃん、さすがだわ。俺が、菜々ちゃんのことちゃんとわかってなかったね』
その言い方に、先ほどは申し訳ない気になったくせに、今度は少しむっとしてしまう。
「……どうせ、私は今時の女の子っぽくないですよ」
『あははっ! なんで怒んだよ。それが菜々ちゃんのいいとこなのに』
そう言われて、不覚にもときめいてしまった。
申し訳なくなったり、怒ったり、ドキドキしたり……私って、ほんとに単純……。
『じゃあ、欲しいものとかもないの?』
「あっ……私も訊きたい。達樹くんは?」
訊き返すと、達樹くんは驚いたようだった。
『ええっ……俺!? ええ……考えてなかった……』
「なんでよっ! クリスマスなんだから、交換するものでしょ?」
『いや、確かにそうだけど……あげることしか考えてなかった……』
困惑したような達樹くんに、ふっと笑みが零れた。
「達樹くん、優しいね」
『いや、俺、12月生まれだから……誕生日とクリスマス一緒にされること多くて。この前菜々ちゃんにいろいろもらったから、次は俺があげることばっか考えちゃって』
「おおー。12月生まれの人って、ほんとにそうなんだ」
『んー……俺、ほしいものってないなぁ……またこれ言うことになるけど、菜々ちゃんに会いたいなあ』
「ふふ。私もほしいものなんてないよ。達樹くんに会えたらそれでいいけど……」
そう言うと、達樹くんもふっと笑った。