ミックス

□愛は芽生え友情は育むのさ
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「ま、あの顔じゃガキが泣き出すか……」
 メンチを切られた時の事を思い出して、和谷は首を振った。和谷は新入生、加賀は3年、ついでに言うと筒井は部長だった。
「でも見せてやりたかったなあ、すごいよ、こんなにいっぱい囲碁部に人が……」
 一人同好会時代を思い出して、筒井は喜びに目をうるませた。
「お久しぶりです」
 そこへ、現部長が人あたりの良い笑顔でやってきた。今まで指導していた席の一画には山盛りの女子しかいない。
「お元気でしたか」
「うん。塔矢くんも相変わらずみたいだね」
「はい。こんな状態なのでお構いもできませんが」
 塔矢は、背中を向けてそろ〜っと化学室を出て行こうとする和谷の襟首を片腕で掴んだ。和谷、ジタバタするもそれ以上前に進めない。
「別にいいよ、もうびっくりしちゃった、この盛況! ほんとに僕、後輩に恵まれたよ」
「そんな、筒井さんが始めなければこの部は」
「僕がしたことなんてちょっとだよ! ああーっほんと、加賀に見せてやりたかったなあ!」
 一瞬で、場が凍る。「あっ、……ごめん……!」
「つ、筒井さんが謝る事ないっすよ!」
 逃げられなかった和谷がフォローしようとする。
「あの頃は若かったなあ、なあ塔矢っ」
 昔の事だ、落ち着け、大人になれという願いで和谷が肩を叩くと、
「……1年しか経ってないが」
塔矢は冷静にその手を払った。
「あれえ、筒井さん!」
 非常にタイミングが悪く、脳天気な声が廊下から響く。
「あっ、進藤テメ、どこ行ってたんだよ!」
「腹減ってたんだもんだってー」
 和谷の果たせなかった脱出を詫びる事もなく、獲物のたこ焼きを食べながら、
「ねえ筒井さん、加賀は?」
進藤は疑問のままをヒヨコの様にあっさり口にした。
 更に空気が凍り、ソースが香る。
「進藤……」
 空気の読めない破壊神の降臨に、和谷は遠くを見た。塔矢からそろりと離れる。
「え、なんだいないの?」
「い、いつも一緒って訳じゃないから僕も……」
 筒井が会話を引き受け、苦笑いした。
ええーなんだあ、とヒカルは口をとがらせた。
「塔矢とさあ、加賀がまた打てばオモシロイのにって思ってたのにー。ほら前にあったじゃん、すごい試合がさあ、あれみたいな……」
「進藤……っ」
 名前の挙がったアキラが青白い顔でヒカルに掴みかかる。
「キミという奴はっ!」
「な、何だよっ?」
 貧血ではない、怒りのあまり青白いのだ。筒井は慌てて止めに入った。人も多いのに部内で人傷沙汰は困る。
「ま、まあまあ、とりあえず今日はいないんだしっ、」
「先輩は黙っていて下さい! 僕が誰の為にあんな対戦をしたかこのバカは……ッ」
「バカって誰のことだよ?!」
「どーうどうどーう、落ち着けー部長ぉー」
 あまりの騒ぎに飯島が遠巻きにして声をかけた。向かいに座る中学生やギャラリーはぽかんと口を開けている。
「……すみません」
 アキラは我に返って咳払いした。この夏に引退した元部長に、カッコ悪い所を見せてしまった。
「もー、塔矢お前ハラ減ってんじゃねえのー? ほらやるよ」
 ヒカルが爆発の理由なぞ知らんとばかりにたこ焼きをつき出す。
「……」
 筒井とアキラは顔を見合わせ、大きなため息をついた。
「何だよ、いらねーんならオレ食うからなっ」
「……もらう」
 ちなみに、和谷の姿はもうとっくに消えていた。





■ □ ■ □




 事件は去年の4月にさかのぼる。
 囲碁部に新入生が、去年より更に多く入りそうだという筒井の嬉しげな(要らない)報告を受け、加賀は放課後の化学室に向かっていた。
 将棋部部長として睨みをきかせておかなければならない。囲碁は嫌いなのだ。人数が増えたとしても自分の率いる常勝将棋部とライバルになれる訳がないし、またそう思わせなくては。
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