カガツツ

□Let me be with
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「…お葬式…?」
筒井は加賀の家の前で立ち尽くした。
平屋建ての古びた木造家屋は、静まり返っている。玄関の引き戸に、『忌中』と筆文字が貼られていた。
「…どういう事」
前に数回来た事があるだけの場所だが、間違ってはいない筈だ。表札も合っている。
筒井が扉を叩くのを躊躇していると、
「キミ」
玄関の横手から翁が現れた。
「は、はいっ」
筒井は飛び上がって応える。なりは筒井より大分小さなその翁は、背も曲がり杖をついている。
だが、醸しだす風格が筒井を緊張させた。
「はっは、何も取って食おうっちゅう訳じゃなか。てつ坊に会いに来たとね?」
聞き慣れない方言に、筒井は思わず後ずさった。
「あ…えっと、」
「しゃーんとした制服ば初めて見たばい。てつ坊ん学校ん子やろ?」
「…てつぼう…鉄男。あの、休みで、そのっ、」
言葉を推測で解し、あたふたと様々な事を伝えようとしたが、
「…会いに来ました」
最終的には一つに絞られる。
「そうね。てつ坊の友達ね」
翁はどこか遠い目をして筒井を見た。
「…あのう、加賀、は…?」
てつ坊、と言いそうになって、筒井はやっと軌道修正する。
「今はおらん。バイクの無かじゃろが」
「あ、はい…」
「ワシもさぁっき来たとばってん、線香も消えてしもうとって」
「…」
「絶やしたらいかんって言うとったとに」
小言の続く翁に、
「あの、誰か…亡くなったんですか」
半分、分からない振りで。半分、そうでない様に祈っていた。
「…知らんとね?」
翁は驚き、
「…学校にゃ連絡したとに」
険しい顔で呟く。
「よか、来んしゃい」
招く小さな背に従い、何も考えず筒井は白く咲く木蓮をくぐった。猫の額とも言えない様な荒れ果てた庭に面した縁側から、老人は畳に上がる。
「…」
後に続いて、家に不似合いな程立派な仏壇が目に飛び込んできた。
「線香ば上げてやってくれんね」
翁が静かに正座する。
訊くまでもなく、それが現実だった。





帰り際、翁が言った。
「あん子にも、こぎゃんしっかりした友達のおっとねぇ」
『しっかりした友達』という部分しか筒井には分からない。
「いやっ、そんな、僕こそっ…」
いつも加賀君にお世話になってて、と続けて、筒井はそれが半分以上当たっている事に改めて気づく。
愚直で正攻法しか取れない自分に、確かに彼は裏道を教えてくれる。時に強引に。
「本当に…」
後になって、感謝の気持ちが沸いて来たりする。それを口に出すと、拳がくるか鼻で笑われるのだが。
「また来んしゃい」
見送る翁に筒井は何度も頭を下げた。


日が長くなって、冬がもう終わるのだと感じる。
河川敷の野球少年たちを右手に、筒井はとぼとぼ歩いて帰途についていた。用事は済んだ様で、済んでいない。
何か自分にできる事はないか。しかし、加賀には慰めの言葉でさえ苦痛かも知れない。
もう加賀はどこか遠くへ行ってしまうのではないかと、一番不安な想像に立ち止まって、
「…」
路上の単車が目に止まる。禁止されている筈の学校の裏手で、良く見かけたものだ。
枯れた雑草の生い茂る堤に、見慣れた背中があった。
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