ミックス

□Sweet Christmas
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タイトル戦の予選の決着がついた。
自分がこれ以上、上で打てないと思い知る日はいつも辛い。
けれどその辛さに、慣れてしまうのが一番怖い。棋士であるなら、あろうとするなら、辛さを向上心に代えて更に研鑽を積まなければならない。いや、積むのだ。
棋院を出ると、既に冷たい夕闇が迫っていた。
「〜〜っ、よーーーっし!」
白い息を吐いて叫ぶとモヤモヤが空に消える。早く帰って、検討だ。強い恋人が朝までだって付き合ってくれる。
ふと、視線を感じて振り返ると、「……」
今、一番会いたくない人間と目が合った。予選突破が早々に決まった、塔矢アキラだ。
「……お疲れ」
けれど、恨みを飲み込んで和谷は大人として労いを言った。
「お疲れさま」
すました顔で、年下のサラブレッドはマフラーを巻く。
「……」
それ以上他に言うべき事もなく、和谷は駅に向かって歩きだした。所が、
「ちょっと」
予想外に向こうから呼び止められる。
「何だよ」
ついついケンカ腰になりそうな気持ちを抑えて、和谷は振り返った。
「……進藤が」
「あ?」
「君のアパートに行っている筈なんだ」
またかよ、と和谷はウンザリする。去年の今日も同じ様なシチュエーションがあった。
「知らねー。伊角さんが今日はオフだから家にいるけど」
しかし、今夜はイブだ。二人きりで過ごすハズの。
進藤など招き入れる訳が、と考えて、はたと和谷は、恋人が迷惑を断れない気質なのを思い出して愕然とした。
「……ウチ来てるって、マジで?」
「メールがあった」
「……」
きっと『和谷んちいるから塔矢も来いよー』とか書いてあったに違いない。間違いない。
和谷は心から深くため息をついた。
「で?」
嫌々ながら先を促す。
「……行っても、いいだろうか」
「……まあ、そうだな。しょーがねえな」
意味なく、少し上手に立った気分で和谷は胸を反らした。
「……どうして進藤は」
「あ?」
「……何でもない。行こう」
アキラが先に歩きだす。
「おい、……進藤が何だって?」
アキラと二人だけの道行きなど初めてだ。一度黙ってしまうときっと一言も喋らないで家に着くだろう。静寂に耐えられず、より一層疲れそうだ。
ここは無理にでも会話を続けようと、和谷は決めた。
「何でもない」
「言えよ」
「大した事じゃない」
「俺には関係ねえって?」
「……あるにはあるが」
アキラが迷う時間を利用して、和谷は歩きながら、家で待つ恋人にメールを早打ちする。送信ボタンを押すが否や、
「君は……」
「なに」
「進藤が好きか」
メジャーリーガー並みに直球の質問が来た。どう答えていいものか、和谷は言葉に詰まる。
「って、言われても」
早くも、会話を続けたことを後悔し始めた。
「進藤は君の……君たちのことが好きな様だ」
「そりゃまあ、一応……ダチだし」
何故に、この王子様は全てにおいてこう真剣でくそ真面目なのか。ほぼ全て(囲碁以外)においてちゃらんぽらんなヒカルとうまくいっているのは奇跡としか思えない。
いや、うまくいっている結果、こうしてハタ迷惑を振り撒いているのか。
「友達、……か」
「そーだよ。向こうもそう思ってるさ」
改札を通りホームに降りると、凍える風を巻き上げて電車が到着する所だった。
乗り込み、夕方の混雑の始まった車内の吊革を握った所で、アキラが再び口を開く。和谷をしっかと見据えて。
「では……友達と、それ以上の関係の者と、いつも一緒にいたいと思うのはどっちだ」
「…………えーと?」
段々、話が見えてきた。ここでごく正直に答えれば、友人を危険に晒すことになる。かも知れない。
血を見ない為にどうすればいいか。和谷は対局で疲れた頭を振り絞った。
「つ、つまりさあ、そりゃ、進藤が一緒にいたい相手……の話デスカ?」
思わず謎の口調を使ってしまう。アキラはその思考を読んで眉根を寄せた。
「……やはり君も、進藤は友人の方が好きで大事だとおも」
「違うっ、違うって!」
「違わないだろう!」
「しーっ!」
人にあまり聞かせたくない論争が車内に響くのを嫌い、和谷は小声で、
「とにかく、進藤に聞けよそんな事は……」
問題を丸投げした。
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