ミックス

□優等生とモミノキ
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歳をとると、1年が経つのが早くなる。まさに。
先日、対局相手の中堅棋士にしみじみ言われたのを思い出し、伊角は背の高いツリーを見上げた。
「伊角くん?」
「あ、はいっ」
呼ばれ、ファーつきコートの女性達を避けて行くと、
「ねえ、これどうかな?」
セーターを宛てられる。
「どうって…」
「クリスマスプレゼント。最近バーバリーが好きらしいから」
頭の上を流れる浮かれた音楽に、伊角の思考は邪魔された。
「ええと…綺麗な色だとは思いますが」
「うーん、でも似合うかなあ冴木くん。こっちのがいいかな?」
なるほど贈り先は冴木かと、伊角は話を合わせる。
「そうですね…」
「まあいいや。今日はとりあえず見るだけ」
と言いながら、既に百貨店の紙袋が2つになっていた。
「ごめんね、付き合わせちゃってさ」
「いいえ。俺も…」
「あっ、そーか、手帳だった! 世界堂まで足を延ばすか」
「あの、芦原さん、近くで…そんな大したものじゃ」
買い物にそうバイタリティのない伊角に、休日の新宿は結構辛い。それを顔に出していた訳では決してないが、
「あー、その前にお茶にしようかな。ねっ?」
先輩棋士は道連れに笑いかけた。

喫茶店の、人ごみと渋滞の通りを見下ろす席につくと、伊角の口から知らず知らずため息が出る。
「伊角くんて、じじくさいね」
「…。よく言われます…」
「だろうね〜。何かフレッシュさがないもん」
芦原がウェイトレスに声をかける。
何故に、この遠慮のない人物と伊角が2人だけで一緒に居るのか。それは単に、運が悪かったとしか言い様がなかった。
「伊角くんは? チョコパでいい?」
「え…っ、あの…」
「冗談だってば。コーヒーね」
ウェイトレスがクスクス笑いながら辞するのに、伊角は赤くなる。
「クリスマスは?」
「え?」
「二人で過ごすの?」
ストレートに聞かれると、誤魔化す余地がない。誰の事かと聞き返すのも今更だ。
「ええと…そうですね、多分…」
確定している予定だが、伊角はぼかした。
「彼女ナシの連中で虚しく集まろうって話もあるんだけどねー」
「はは…」
和谷はきっとそれを速攻で明るく断ったのだろう。伊角は咳払いをする。
「引越しが…もしかしたらその頃になるかも知れないらしいので」
「へー。楽しみだねえ」
「まあ大変ですけど…年末に」
「クリスマスプレゼント考えやすいじゃん」
芦原が肘に顎を乗せた。
「あの、例えばどんな…?」
実は候補を絞りきれていない伊角が思わず訊く。
「ファブリック関係で足りないもんとかさ」
「ファ…?」
「家具とか布関係。必要なの一杯あるじゃん、玄関マットとか」
クリスマスプレゼントが玄関マットというのは、嬉しいのかどうか。
「そうですね…」
伊角の反応の微妙さに、
「玄関マットは嫌かあ」
芦原が笑った時、
「あらっ、ヒロ君!」
ハスキーな声がかかった。
「ホントだ、ヒロ君だ」
「久しぶり!」
水商売風のドレススーツ姿の3人が、芦原を取り囲む。
「おお、久しぶり〜」
「最近顔見ないと思ったらー」
「おデート?! 可愛い子じゃなーいっ」
「違うってー、コイツはただの後輩。免疫ないからあんまりからかうなよ」
芦原がいつもと違う言葉を使うのに、伊角は気付いた。
「たまには来てよ、ヒロ君来ないと寂しいからっ」
「はいはい了解しました」
「キミも来てね、大歓迎するわ」
固まった伊角に、ウィンクと共にピンク色の名刺を渡し、
「じゃあまたね〜」
華やかな人々は去った。
「い…今の方々は…」
運ばれてきたフルーツパフェに芦原がスプーンをつけるのを待てず、伊角は恐る恐る尋ねる。
あっさり、想定と同じ答えが返った。
「2丁目のお姉さんたち」
「…」
「TVで見た事ない?」
ウェハースを噛じって芦原が訊くのに、
「ありますけど…」
いくら何でもそれ程囲碁バカじゃないと、伊角はコーヒーにミルクを注ぐ。
「たまに呑みに行くんだよね。怖くないよ、そんなに」
カップをかき回すスプーンが震えているのを見られたらしい。伊角の耳が熱くなる。
「…だからですか」
「ん?」
「理解が…あるのは」
成程、合点がいく部分があった。芦原は最初から、和谷と伊角の関係について自然に受け入れていた。
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