カガツツ

□YUKEMURI Magic
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(どーしよ…)
教室の席で、筒井は悩んでいた。初秋の風吹く晴天に、昼食後の同級生は皆外に出ている。
(…行かないでもいいんだよね、でももったいないかな)
昨日当ててしまった1等賞品。
両親は期限と仕事が折り合わず、最近何かと小煩い妹は論外。結果的に賞品の処理は筒井に委ねられたのだ。
「うーん…」
TDLのチケットなら、友人の誰かが喜んで付き合うだろう。しかし。
「箱根…老舗旅館…」
誘う相手を選ぶスポットである。何しろ自分たちは只の中学生なので。
「誰かにあげようかな…」
昨夜から考えていた事を口に出して、目録をいじる。
「じゃ貰うか」
「あっ! えっ?」
頭の上から手が伸びて、
「なんだコリャあ」
クラスも部活も違うのに何故かほぼ毎日聞いている声が、目録を筒井から奪った。
「箱根ー? 当たったのかよ」
「しょ、商店街の福引で…返せよ加賀っ!」
「ったく、こんな所で貴重な少ねえ運使いやがって」
「少ない運って何だよっ」
奪い返そうとするが、すんでの所で逃げられる。筒井には瞬発力も加賀のフェイントに対応する応用力もない。
「返せよっ!」
「俺が貰ってやるぜ。売り飛ばしゃパチンコ代くらいは出るだろ」
「加賀になんかあげない!」
憤然と言った後で、筒井はふと気付いた。
「そうだ…」
「あ?」
加賀の手と目録をガシッと取る。
「一緒に行こう、加賀」
「は?」
きらきらした瞳で見つめられ、加賀は思わず身を引いた。
「箱根だよ!」
「な…何でオメェなんかと一緒に」
「いいだろ、ね、加賀!」
「ひとりで行きやがれっ」
と言って、
「…筒井、おめー…」
加賀は握られたままだった手に気づき、振りほどいた。
「まさか…囲碁を、俺様に指導してもらおうと思ってんじゃねぇだろな」
「…ダメ? かな」
単純な考えを見透かされ、筒井は上目遣いで首を傾げる。これだから、と加賀は沸き上がる苛立ちのままに筒井の頭をはたいた。
「いったーっ」
「誰がそんな事すっか! 俺は囲碁はやんねぇってあれ程、」
「〜っケチっ、だったらいいよっ」
筒井は小学校からの先輩の名を口にし、
「囲碁できるのは加賀だけじゃないんだ!」
勇んで教室を出た。
温泉旅行が、いつの間にか囲碁指導合宿という事になっている。
「おい筒井、そいつぁ何だ、囲碁部入ってねぇじゃねえか」
どうにも放っておけない加賀は後に続く。
「小学校の時囲碁クラブで教えてくれた人っ、今は野球部でキャッチャーやってるけど」
「けっ、お前なんかに付き合ってられるかよそんな奴が」
加賀が悪態をつくと、
「そんな事ないっ、先輩すごい良い人だもん!! たまに声かけてくれて部活一人なのに偉いなって、」
数倍になって反論が返った。
「先輩ならきっと一緒に行って、指導し」
全てを言わさず加賀は、
「あーあーそうかいそうかい」
廊下で堂々とタバコに火をつけて、近くにいた下級生をギョッとさせた。臭いに振り向き、筒井が怒る。
「加賀!! なにやってんだよっ!」
この1年で出来上がった条件反射で、筒井はそれを奪い取った。
「っ、たく…お前が旅行でいなきゃ万々歳だぜ」
余裕綽々の様で、内心急く気持ちで加賀は言った。その先輩とやらがどんな奴かは知らないが、筒井が頼る相手というのがとにかく気に食わない。それが何故かは、考えるのが面倒くさい。
「加賀なんてもう知らないっ」
加賀がついてくるのを、筒井は不審に思う事もない。頭は囲碁合宿でいっぱいだ。
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