カガツツ

□Let me be with
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がらがらと、重機が古びた長屋を潰していく。思いと思い出の証が宙に消えるのを、そ知らぬ振りで。或いは楽しんで。
呼び声を聞かせた人は、そこにいた。



「筒井ぃー、客ぅー」
喧騒の中のクラスメイトの声に振り向くと、教室の入口に見慣れない顔があった。
「…何ですか?」
胸の名札から同じ2年生と知れたが、取り敢えず丁寧語で筒井は応対する。
「俺、2-Fの」
学級委員だと、筒井より少し背の低い丸刈りの生徒は名乗った。
胸騒ぎがする。
「君、加賀くんと仲がいいって聞いたんだけど」
「…加賀が、何か…?」
ここ数日、顔を見ていなかった。春休みが間近になって、どこかでぶらぶらしているのかと、気にしない様にしていたのだ。
いくら筋金入りの不良でも、余り学校を休む事がないのを知りながら。
「加賀くん、暫く休みでさ、」
「…どうして」
喉が渇くのを感じながら、筒井は問うた。
「さァ、知らないけど。それで、」
5限目の鐘と共に、手にしたプリントの束を差し出される。
「家に届けてくれないかなと思って」
「…いいけど…」
筒井が受け取ると、
「悪い、助かる。よろしく!」
彼は片手を上げ、慌てて廊下を走り去った。
教師が来て、筒井も急いで席に着く。昼休みの空気はまだ消え切らない。
「きりーつ」
号令は筒井には遠く聞こえた。机の中のきれいに折られたプリントの束が心をざわつかせ、国語の授業は頭の上を通過する。
『暫く休み』、とあの彼は言った。
それは、過去現在の事なのか。それとも先も含めるのか。
もし予定された休みだというならば、加賀の身に何かがあったと考えるしかない。
筒井は焦りでこめかみが痛くなってきた。
そもそも、何故クラスメイトが休みの理由を知らないのか。例え加賀がクラスで浮いた存在であるとしても。
「ここー、センターでよく出るからな、」
教師が黒板の古語を丸で囲う。周りの生徒もチェックに余念がない。反対に、既に寝ている生徒もいる。
どうして加賀はここにいるのだろう、と、ふと筒井は思った。



高校から最寄り駅まで歩いて10分。そこから直通快速電車で約30分。
東京に住む子供には故郷がないと言うが、筒井にとってはここが故郷である。恐らく、加賀にとっても。
同じ区立中学から、同じ都立へ進学した同級生は少なくない。しかし省みれば、同じクラスになった事もない加賀との時間が、不思議と一番長い気がする。
「インパクトのせいかなあ…いつも一緒って訳じゃないのに」
加賀の家への道すがら、筒井はとりとめもなく考えた。
2年に進級した時、加賀は理系クラスに入った。文系とは棟を隔てているというのに、それでも加賀は日を置かず顔を見せた。勿論、囲碁部へ喧嘩を売りに来るのも忘れなかった。
「…何でだろ」
日々、それに対するので精一杯だったが、良く考えてみれば、加賀は何故自分の様な凡庸な存在に構いたがるのだろう。
「…友達…」
素行の悪い加賀に、今の環境が優しいとは思えない。筒井との繋りも囲碁を通してのものだ。
口に出せば、可哀想だと、加賀を貶める気がした。
「…加賀は…違う」
クラスメイトの友人など必要としていない。
彼が求めるのは只、勝負事だけなのだ。
その延長線上に、筒井は居る。
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