サエアシ

□Be my Santa.
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彼も、今年は一人だ。
この業界は狭い。その位の情報は簡単に入ってくる。
あと数日間で恋人が出来るというミラクルがなければ――ミラクルでもなくいつかの年にあった事だが――とりあえず彼は一人でクリスマスを過ごす筈なのだ。
「芦原」
先輩棋士に呼ばれ、芦原は重い頭を上げた。
「ほえ?」
「寝ぼけるな。もうすぐ着くぞ」
「寝ぼけてまひぇんよ〜」
「俺より酔っ払いやがって」
「えー緒方さんも酔っ払ってるじゃないですかあー」
「うるさい。あ、そこの角で止まって」
タクシーの運転手に指示し、緒方は札を出す。
肩を抱えられ、冷たい部屋の冷たいソファにダイブするまで、芦原の記憶は途切れた。
「……うー。さーむーいぃー」
「寝るな。凍死するぞ」
空調を入れ、グラスを2つ出しながら緒方が脅す。
「あはっ、緒方さんちで凍死かあー」
「その前に外に放り出してやる」
「ひどっ」
ケタケタと笑い、差し出された水を芦原は一気に飲んだ。緒方は隣のソファでウイスキーを開ける。
「あっ、ずるい!」
「お前はダメだ」
「ダメかあ〜。……ダメだなあーそうだよなー」
「……」
芦原が再びソファに沈んでしまうと、静寂が訪れる。熱帯魚の水槽の、循環する音だけがその合間を埋めた。
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「芦原。寝たのか」
どのくらい経ったか、部屋が暖まりだした頃。緒方がロックの氷を揺らして独り言の様に言った。
現実に引き戻された芦原は迷って、応える。
「……寝てまーす」
「……芦原」
冗談に付き合わず、緒方は手近にあった後輩の天パ頭を乱暴になぜた。
「さっさと身を固めろ」
「……えー……?」
突飛な兄弟子の言葉に、芦原は内心どきりとする。けれど、決してそれを表に出さず、
「緒方さんに言われたくなーい」
30を前に派手な生活を続ける兄弟子に当て付けた。
「緒方さんのケッコンが先でしょー」
「俺の事はいい」
「何がイイんですかあー」
「お前には」
ぶっきらぼうに、緒方は告げる。
「誰かいた方がいい。そばに」
「……緒方さんがいるじゃないですかあ」
冷ややかに見えて、実は熱い。身内には特に。
そんな緒方を芦原は知っている。同じ様に、緒方も芦原を長く見てきた。
「俺じゃダメだな」
出来の悪い弟に対する態度を崩さず、緒方はグラスを傾ける。
「イブは空いてない。クリスマスも正月も」
「じゃあトモダチと遊ぶもん」
「芦原」
真面目な声が止めた。
「いつまでも逃げるな」
「……優しくないよ、緒方さんは」
「知らなかったか」
緒方が鼻で笑う。
年末は嫌いだ。大嫌い。
芦原は革のクッションに顔を埋めた。彼に――冴木に電話出来たらいいのに。
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