サエアシ

□謹賀新年
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ルビーのピアスをクリスマスプレゼントに贈った後、別れ話が出た。
つくづく女は現金なものだと思う。
それでも、執着する理由が特に見つからなかった。煙草がいつもに増して苦い。
そんな時に限って、返信したくないメールが来る。
『冴木くん、もう実家帰ってる?』
一体この年の男が、こんな時期に親元に居ると思うのか。
『帰ってません』
『いつ帰るの?』
暫く放っておいた。自分でも年末年始の予定など知らない。
『俺もう実家挨拶してきちゃったよ。あと元旦にお師匠のとこ行くだけ』
投遣りに返信するのも面倒くさい。
顔を洗い、髭を剃って戻ると、また来ていた。
『お雑煮食べたくない?』
彼はいつも唐突だが、このメールは群を抜いていた。
『芦原さん暇ですね』
多少の嫌味を込めてみる。
習慣の様に付けたテレビでは、特番でこの一年を振り返っている。
『別に暇じゃないよー(+∧+)けど食べたくない?お正月料理』
これ以上のやり取りをするのも疲れるので、
『そうですね』
端的に言っておく。いつの間にか、正月は独りという事になっているらしい。
『冴木くんちでいい?』
ここへきて、冴木は芦原の意図がやっと三分の一ほど分かった。
『まさか芦原さんが作るんですか』
「まさか」の所に力点を置いたつもりだった。
『どうしてウチでなんですか』
「どうして」に力点を(以下略)。
テレビは芸人のバカ騒ぎに代わっている。
『だって俺んち散らかってるもん』
それはそうかも知れない、と納得しかけたが、だからといって、何をしでかすつもりなのか分からない人間を台所に立たせたくはなかった。
そこへ、
『イヤ?』
と、一言だけが来る。
嫌です、と言ってしまえばそれまでだ。精神衛生上もその方が良い。今は女と別れたばかりで、正月どころではないのだから。
「まいるよなあ、全く」
ケータイを放り、一人暮らしで身についた独り言も出る。
冴木は火の気のないキッチンへ立って、生ビールの缶を開け、半分程飲んだ。何かツマミはと探したが、冷蔵庫にはマヨネーズとビールしかない。
それが理由、いや言い訳になったのかも知れない。
『できるだけ美味いので宜しくお願いします』
送信。
『りょおかーい>^_^<鍋とか包丁とかある?』
恐らくそんな道具もあるかも知れない。しかし、過去について探られている気がするのは何故だろう。
『あります』
誰が持って来たかは忘れたが。
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