アキヒカ

□君が生まれた日
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またケンカをした。



「何でオマエにいちいち聞かなきゃなんないんだよっ」
「それが当然だろう! 大体君は、」
「何が当然だよっ、塔矢だって黙って緒方さんとかと一緒に」
「それとこれとは違うっ!」
「違わねぇっ!」
もういい、オレ帰る!
いつもの捨て台詞を残して、進藤ヒカルは塔矢邸を飛び出していった。
これで今月3回目の喧嘩別れだ。まだ月も初旬だというのに。
喧嘩の原因は三分の二以上が対局中に起こる。残りが対局外の、性格の相違によるもの。そしてヒカルの自覚のなさだ。
と、塔矢アキラは思っている。
「進藤が悪いんだ…」
無断で旅行なんて行くからだ。ヒカルが去った後にも怒りはくすぶる。
「進藤が…」
自覚がない。何の自覚か。
「…」
楽しかった海の話。誰か忘れたが友人が溺れたふりをして怒られたこと。旅館の玉子焼きがおいしかったこと。
思うに、ボクより他の人といる方が進藤は楽しそうだ。それが証拠に、ボクとは旅行に行かない。
つまり進藤には、ボクの特別な人であるという『自覚』がない!
追いかけるのはやはりボクの方だ。
と、塔矢は独りうちひしがれた。物事の解釈に飛躍があるのは想いのなせる技である。
喧嘩の度に考える。この怒りや悲しみの源は何なのだろう。追いかけたいと滞る焦りは。
恋や愛、ましてや友情ではない。そんな生易しいものでは納得できない。
「きずな…」
数年前から、一つの言葉しか浮かばなかった。
アキラは、物事を決めたらその後ぐずぐずと迷ったり悩んだりする方ではない。しかし、ヒカルの事については別だった。
「哲学者かボクはっ」
碁盤に伏せて頭を掻きむしっていると、
「あら、アキラさん」
音もなく障子を開けた明子が、口元に手をあてる。
「おか、お母さん…っ」
アキラは慌てて背を正した。
「帰っていらしたんですか…」
明子の顔を見られず、乱れた髪を片手で直すアキラに、
「今さっきに。アキラさん、お友達は?」
明子は傷口に塩を塗る疑問を投げる。
「お菓子を少し買ってきたのだけど」
「お母さん、何度も言うようですが進藤は友人ではありません」
ぐっと堪えてアキラは先に訂正した。
「ごめんなさい、私つい」
「いえ、謝る程の事でも」
ないです、という母思いの柔らかなアキラの台詞は、
「お家を行き来するような、仲の良い同年代の方がアキラさんにいるのが嬉しくて」
無邪気な明子の言葉に途切れる。
学校の友人と称してこの家に他人を連れてくる事の皆無を、以前明子が心配していたのをアキラも分かっていた。けれど、同級生などより年上の棋士たちとの盤上の会話を選んだ事を、全く後悔していない。
同い年のヒカルがプロになり、互いに和解して後は、(何だかんだ言いながら)交流は長く途切れる事なく続いている。そんなヒカルは彼女にとって、どうしても『嬉しい客人』なのだ。
「お母さん、進藤はもう帰りました」
「あらまあ…残念だわ」
「また今度来ますよ」
と返して、それだけの確信を持てない事にアキラは愕然とした。
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