02/07の日記

14:21

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今日わたしが仕事を終えて帰り、いつものように自分のマンションの部屋の鍵を鍵穴に差し込んだところ、なぜかブカブカで回らなくなっていた。
鍵を間違えたと思い、ジャラジャラと車や会社の鍵なんかが付いてるキーケースを何度もよく見直してみたけど、やはり家の鍵はその鍵だった。

誰かがイタズラで鍵穴を削ったのだろうか。
そう思って鍵穴を覗いてみたけど、とてもそうとは思えない。
なぜなら鍵穴は、わたしが持ってる鍵の形、凸凹のデザインそのままを大きくしている穴だったからだ。
こんな手の込んだイタズラできるはずない。だいたいこのマンションは新しくて、鍵穴だってそのへんの刃物で削れるようなやわなつくりではないはず。

どうしたものかと玄関で悩んでいたところ、ちょうど隣の住人の女性が帰ってきたので、恐る恐る聞いてみた。

「あのう・・・すみません、わたしの部屋の鍵穴壊れちゃったみたいなんですけど・・・どうしたらいいですかね?鍵屋の連絡先わかりますか?」

すると女性はあっけらかんとした顔で言った。
「ああ、家が拒否しちゃったんですね〜お気の毒ですが、引っ越すしかないですよ」

「えっ?家が拒否?引っ越すしかないって・・・なにをおっしゃってるんですか?」
あまりに奇妙な返事だったので、わたしは半分女性を馬鹿にしたように笑ってしまった。
すると女性はむっとして、
「ああ、だからなんですね。あなた、そうやって人をすぐ見下したり、他にも悪いことしていらっしゃるんじゃありませんか?だからこの部屋も拒否しちゃったんですね。自業自得ですわ。」
そう言い放ってそそくさと自分の部屋の鍵を開けて入って行った。

一体、あの女性は何を言ってるんだろう。
家が拒否するだって?なんてとんちんかんな事を言っているんだろう。

馬鹿にされたような気がして腹が立ったわたしは、いらいらしながらもすぐさまケータイ電話で鍵屋の番号を調べかけてみることにした。

けれども、なんと、鍵屋の言い分も女性と全く同じだったのだ。
「どういうことなんですか?」
次第にわたしの心は不安の色に染まっていく。

「そこに住む時に契約書書いたでしょ?そこにちゃんとかいてあったはずですよ?いまさら驚かれても・・・」
鍵屋のおじさんは深いため息をわざとらしくついた後、不動産屋に行ってください!と言い放ち乱暴に電話を切った。

なんなんだ。なんなんだ一体。
得体の知れない怒りと不安で体が震えてきた。
しかし、こうして震えていたって家に入れないことは変わりないので、とにかくわたしは不動産屋に行ってみた。
幸運にも不動産屋は家から徒歩3分のところにある。
間違いに違いない。わたしは何かの陰謀にはめられてるんだ。そう言い聞かせた。


けれども、なんと、不動産屋の言い分も全く同じだったのだ。
その上、わたしが家を借りる時の契約書まで見せつけられた。
そこにはこう書いてあった。

「住居人の質(家の使用方法、人間性など)が落ち、その家の健康状態または精神状態に支障をきたす場合、いかなる理由においても、家は住居人を拒否できることとする。なお、拒否された住居人は、窓や壁を破壊して入ろうとすれば、即、ホームレスの刑と処す。刑期はその家が裁判員となり決めることができる。」

頭が混乱して目の前が揺れ始めた。
「なんなんだよこのきまりは!!!!いいかげんにしろ!!こんな馬鹿馬鹿しいきまりがあるわけないだろ!!!」
目の前の不動産屋のおやじを怒鳴りつけた。
しかしおやじは怯まず、冷静にゆっくりとわたしに話してきた。

「人間は家を探すとき、いろいろと文句付けるでしょう?狭いだの、古いだの、高いだの、間取りがどうのこうの、駅から遠いだのなんだの・・・じゃあ逆にあんたらは家を選べるくらい立派な人間なんだろうかねえ?
 住んでみて、細かい不満や住めない事情が出てきたら、人間はすぐ引っ越す事が出来るが、家のほうはどうですか?嫌な人間、自分勝手な人間、家を汚く使う人間が住んでも、逃げることも出来ない。可哀そうだと思いませんかね?
 それでだね、数年前より、この国じゅうの家に自動感知装置を付けるきまりになったんですが、ご存じなかったですかね?テレビや新聞でも結構大きく出てたんですがね?ああ、そうですか、お仕事がお忙しくて見る暇がないですかね。
 自動感知装置っていうのはね、ほらよくあるでしょう?エアコンなんかについてる、人がいる場所に風がいくような機能で、サーモグラフィみたいなもんですかね。体の温度が色でわかるような仕組みでね、人間の心の汚さもわかるようになったんですよ。
心がきれいだったら透明で、汚れていくたびに黒く変色していく。
 でも、もちろん人間誰しも汚い心を持つときがあるし、部屋を汚すことだってある。そして、家もね、我慢したり、許してくれているんですよ、たいていの家はね。
 しかしね、人は自分を映す鏡だとか、ペットが飼い主に似るとか、夫婦も似てくるっていうじゃないですか。それと同じで、家も住人に似てくるんですよ。人に冷たい住人が住む家は、人に冷たい家になって、最後には住人に対しても冷たくなる。
そうなったらどうなるかと言うとね、家が住人を中に入れなくなるんですよ。鍵を壊しても、窓や壁を壊して入ろうとしたって駄目ですよ。そんなことしたら一生どこの家にも入れなくなる。たとえどんなにたくさんお金払っても、反省して泣き喚いたって駄目ですよ。人間界で言えば傷害罪どころか殺人罪くらいのことなんですからね。だって、裁判員もその被害を受けた家なんだから」

信じられない。このじじい頭がおかしくなったんじゃないか?それともわたしの頭がおかしくなったのか?

でも、鍵が開かないのは事実だ。
どうすればいいんだ?引っ越しだって??そんな急に無理だ。

「じゃあ、わたしはどうやってこれから生きていけばいいんだよ?!」
なんだか情けなくて涙まで出てきた。

「まあまあそう泣かれずに、簡単なことですよ。
まず、あなたよりずっと心が美しいと思われる誰かに家の鍵を開けてもらってください。あなたはもちろん入れませんが、その人に部屋の中にあるあなたの持ち物やお金なんかを取ってもらえます。それから、新しい家を探すんですよ。」
と言った後、不動産屋のじじいはこう付け加えた。

「あ、でも、今度から家のほうがあなたを選ぶんですけどね。」





あれから3年の月日が経った。
わたしは路上で暮らしている。
この世の中は、あれからどんどん変わっていった。
わたしはすぐに会社をくびになった。

家どころか、ホテルや店、会社のビル、ネットカフェさえもなかなか入れなくなったのだ。

今や建物が人間を選ぶ時代になった。
わたしのような路上生活者は道端にあふれかえっている。社長や政治家など、重役っぽい人間もいる。

それとは対照的に、美しくあたらしい立派な建物の中には、服はボロボロだが、柔らかい表情の人間、無邪気に笑う子どもたちがいる。

食事や風呂は、地域の補助によってなんとかなっている。
とはいえ、食堂や銭湯のような建物に入れるわけではなく、食事はいつも支給してもらったものを外で食べるし、風呂は公園に設置してある公衆トイレのような簡易シャワーで済ませなければならない。

この世にわたしが住める家、入れる建物はあるんだろうか?
はじめの1年は捜し歩いたが、固く閉ざされた数々の扉や、いくつもの不動産屋で次々に渡される「住居不可」の認定書を目にしていくなかで、建物が自分を選んでいて、しかも決して選ばれることがないという実感が日に日に増していった。

しかし希望はあるのだ。
わたしの隣で寝泊まりしていた女性は先日、建物からお呼びがかかったのだ。
不動産屋が「住居可」の認定書を持ってきた。
「どんな家に住めるんですか?」と聞くと、
「ええ、木造で、屋根はボロボロだそうです。電気もガスも通ってない。6畳ほどの古い貸部屋だそうです。数年前のわたしなら、嫌がってましたが、わたしが家を選ぶようなたいそうな人間じゃないってわかりましたから。今はほんとうに幸せです。
 家があるって本当にありがたいことですね」
と嬉しそうに去って行った。

わたしもいつか家に選んでもらえる日を待っていよう。
木造で、屋根はボロボロで、電気もガスも通ってない、6畳ほどの古い貸部屋なんかじゃなくて。きっとわたしの良さをわかる家が見つかるはずだ。

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