08/21の日記

23:30
八月や 征きて還りて 九十五
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今日、おじいちゃんちにワタルと顔出しに行ってみました。
連日の猛暑のせいで、体調が良くないと聞いてたので、借りてた本を返さなきゃと思って。

おじいちゃん、やっぱり具合悪そうで、しんどそうにソファに腰掛けてた。

わたしのおじいちゃんは95歳。それでも、いろんな公民館で俳句の先生をしてます。
週に一回は中区の区民センターまで行って講義してるくらいアグレッシブな人。

そんなおじいちゃんが元気ないと、かなり心配になる。

「まぁ、95にもなりゃ体調のひとつも悪くなるわい」
とおじいちゃんは穏やかに笑ってくれた。

「泉、あそこに掛けてある俳句よんでみい」
と壁に掛けてある短冊をおじいちゃんが指差すのでよんでみる…

ていっても、筆で書かれた文字は達筆すぎて読めない(笑)

おじいちゃんが仕方なく読んでくれた。
それがタイトルの俳句。

「征きて還りて」

というのは、行って帰って、という意味。
でもそれはもちろん、ただどっかを行って帰って、ていう意味じゃない。

戦争に行って、生きて帰ってきた

という意味。

「八月」は真夏。

広島に原爆が投下された月であり、
日本が降伏した月であり、
おじいちゃんが戦場へ行った月でもあった。


一緒に戦場へ行ったおじいちゃんの友達も大勢死んでいった。

わたしのお父さんが生まれたのは昭和26年。

戦争が終わって6年後。

もし戦争へ行って、おじいちゃんが亡くなっていたら、わたしのお父さんも生まれてなかったし、わたしも姉さんも生まれてなかった。姉さんの子供のワタルも。

おじいちゃんがあの戦争で死なずに還ってきてくれたから、わたしが生きてる。

命を繋いでもらったんだなって、あらためて思った。

おじいちゃんのお父さんは原爆で亡くなった。
おじいちゃんが戦争へ行ってるうちに。

その絶望も乗り越えて、おじいちゃんは95歳まで生き抜いてきた。

そして、今も自分のために、人のために精一杯毎日を生き抜いてる。

わたしは、そのおじいちゃんの血を継いでることが誇らしい。

威厳あるおじいちゃんだから、馴れ馴れしく接することは出来なくて、いつも緊張してしまうけど、だからこそわたしは、おじいちゃんを尊敬できる。

仕事やめて、沖縄へ行くと決めた時も、おじいちゃんに「気をつけて行けよ」と一言言われただけなのに、涙が出た。

おじいちゃんの言葉は一言一言がすごく深い。
きっと一つ一つの言葉に心を込めてるから。

わたしもおじいちゃんみたいに、言葉に心を込めていきたい。

わたしが文章書くのが好きなのは、少しおじいちゃんの血が影響してるかもしれない。

そう思うと、そんなに簡単にいろんなことを諦めるわけにはいかないと思える。

俳句は五・七・五っていう短い文字数にメッセージを込める。
わたしみたく長々書くよりもずっと難しい。

わたしも、年取るごとに言葉を少なく、でも一つ一つを深く発していきたい。

それにはまだまだ、どんどん無駄なくらい発していかなきゃね◎

悟るなんてまだ早い!
これからもどんどん無駄も失敗も傷つくことも恐れずに、繋いでもらった人生を妥協せずに生きていこうって思う◎

ちなみに、そんなおじいちゃんの最近ハマッてる食べ物は、アイスの爽バニラ味です(笑)
バニラなのにシャキシャキした感じが好きなんだって♪お茶目でしょ◎

本もわたしがよく知らない難しいのから、よしもとばなな、寺山修司まで読んでて、一番身近な図書館にもなってもらってます◎

おじいちゃん、120歳くらいまで長生きしてね♪

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