黄泉路

□豊玉毘売命
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『…この醜き姿…見られてしもうたからには、もう此処にいることは出来ませぬ…されどこの子は別…私の子であれどあなた様の子でも御座います…どうか…私の代わりにこの子を…』





別れてどれ程の歳月が流れたのだろう…

あの日の出来事が、昨日の事のように思える。

愛しい我が子…

もう一度会いたい…

会ってこの両の腕で抱き締めたい…

我が子に母と呼んで欲しい…


冷たく暗い海の底。大きな岩陰の側に、じっと動かずにいる大きな大きな影…。

時折ゴオッと音がすると、その度に砂埃が宙を舞う。

『毘売様、間も無く夜が開けますよ』

側を魚がすっと游ぎ、大きな影−毘売に朝を告げる。毘売はゆっくり瞼を上げ、遥か彼方の海上を見上げる。薄暗い海中に、淡い翡翠の光が漏れる。

深い水の底から見上げる海上は薄暗く、青々と輝いている。

毘売はもう一度瞼を閉じた。

瞼の裏に焼き付いて離れない
愛しい我が子の姿。


別れた時からどれ程成長したのだろう。

背は?
顔は?
声は?
体は?


思えば思う程会いたい気持が強くなる。



一目だけでもいい…


毘売は決心したように、遥か彼方の海上を目指した。


毘売の游ぐ様はまるで龍が天へ昇るが如く力強く美しいものだった。
顔は鰐の様。その襟首からは半透明の魚の鰭の様な鰭飾り。大蛇のように長い胴からは半透明の魚の様な鰭や尾が這え、その全身を蒼く輝く堅い鱗が覆っている。
海上に近付くに連れ、波打つ体に光が反射し、輝きを強めていく。




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