黄泉路

□烏天狗
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太陽が真上に昇ったというのに、森はひっそりと静まり返っている。

漆黒の森と呼ばれるその森の奥深くには、大きな年老いた妖樹が大地に根を張り生きていた。


その老樹の幹には大きな穴がぽかりと一つ開いていた。中は外より更に暗く、深さなど、てんで検討も付かない。


その穴の奥深くではごうごうと響く低い音と、暗闇で上下に動く黒い塊…。




暫くして、ごうごうという音が止み、その塊がゆっくりと起き上がった。
熊程の大きさのそれは、起き上がると穴の外へと向かい始めた。


穴から這い出たそれは、熊程の大きさで、形は人間、顔は鴉、瞳は真っ赤で足と手には大きな爪、背には大きな黒い翼を持ち、修験者の姿をしていた。

彼がこの森の主の烏天狗である。

『…おぅ、鴉。ようやっと起きおったか…』


ざわざわと木の葉が揺れ、妖樹が目覚めた烏天狗に語りかけた。

「…何やら騒がしい…」

面から覗かせる赤く鋭い眼で森の奥を睨みつけた。


「大方人間が迷い込んだのじゃろうて…」

ざわりと老樹の枝が揺れ、木の葉が数枚舞散ると、烏天狗の立つ枝の横に老人が現れた。顔には白く長い髭が蓄えられ、肌は褐色。所々が破けぼろぼろになった直垂姿でその老人は枝にちょこんと座っていた。

「…それにしては随分と大人数の様だがな…」

怪訝そうに腕を組み森の木々のざわめきに耳を傾ける。

「大方お前が喰ろうた稚児達の仇討ちであろうなぁ」

顎から垂れる白い髭を撫でながらほっほと小さく笑い声を上げる。

「…妖樹の爺…お前さんも喰ろうた筈だが…?」
「ほっ、そう言えばそうじゃ」

笑う老樹の爺を横目で見れば伸びた白い眉毛の下からこちらを見る老樹の目と目が合った。


「…まぁよい…奴等を片付けてくるとしよう…」

烏天狗が背の黒い翼を広げると、バサリと大きな音を立て身体が宙に浮かび上がる。


「おぅ、気ぃ付けてな」


烏天狗の背に向かい、細く長い手を振ると、老人の姿がすうっと消えていった。

「戯け…儂が人間如きに負けるものか」

振り向きもせず吐き捨てると、翼を扇ぎ、大空に向かい飛びたった。
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