真田家

□櫻
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「―どうなされた高坂殿、そんな所で立ち止まって、ささ、座敷の方へ参られよ」
 廊下の先の部屋の前で真田幸隆の姿があった。
「幸隆殿、海津城の守りについて意見が欲しくて参りました」
 にこりと笑うと、美丈夫な顔が引き立つ。さすが、美形なためにお屋形様に取り立てられたと、噂が立つほどのことはある。

「わしなんかより、山本殿の方がよき意見を聞けるのではないか?」

「いえ、久しぶりにこの要塞を見て参考にしようと思ったついでです。それに、幸隆殿自慢のご子息にもおあいしたかったですし」
 二人に向けられる視線が痛い。青ざめた顔で、祈るのをやめられず、苦笑いを浮かべていた。

「座敷になかなか参られないと思ったら、愚息と何か話しておられたか」
「そうですな、面白いものを見ました。まさか、こんな事があろうとは…」
 ビクッとする。

「―おぉ、さすが、高坂殿はお気づきになられたか。恥ずかしながら愚息めが、躑躅ヶ崎の館の桜を手負って植えたもの。今年、ようやく開花いたした」
「綺麗ですな。躑躅ヶ崎の館では、もう、散っている頃でしょう」
 高坂は懐かしむように目を細めた。そして、さも愛しげにその花びらを手で掬うのだ。
 府中にいる誰かを思い出しているのかもしれない。

(繋がっているんだ、ここは、お屋形様の国なんだ)
 山の向こうまでも。



 ■□■□■□

 膝の上に頭を乗せて眠る昌輝の柔らかな髪を弄びながら、父から、源五郎をお屋形様の元へやるといわれた時のことを思い出していた。そのとき、人質という言葉が頭をかすめ、泣きたくなった。

『父上、なぜ源五郎でなくてはならぬのですか?お屋形様の忠義の証なら、私でもいいはず。源五郎はまだ八つではございませぬか』
 まだ、甘えたい年頃である。
『信綱、昌輝には悪いが、源五郎は賢い。きっと、お屋形様の元で立派な武将になるであろう。それに、お前らの源五郎への愛情は、あれの才能をダメにするのではないかと危惧されるのでな』



 父が戦に出ていて留守の間、信綱は父の代わりに、母や弟たちを護るんだとおもっていた。
 小さな弟をよく、膝枕で寝かせていた。

(私の思いは昌輝をダメにしたか?)


「何考えてるんですか?兄上」
 信綱の深刻な顔を薄目を開けて見た。

「お前のことだ。かわいいなぁって」
「私はもう十八ですよ///」
 昌輝は唇を尖らせて言う。
「いくつになっても弟は可愛いものだ」
 頭を撫でてやる。
「うん…、私も…」
 そう、昌輝も初めてできた弟の源五郎が嬉しくて、その気持ちを知っている為、共に慈しんだ。
(あの時も昌輝が悲しむ顔を見たくなくて反対したのかも知れぬな)
 もし、お屋形様の元へやられるのが昌輝だったら、猛反対しただろう。

「兄上?」

「私は、手本になる兄になりたかった。賢く、強く、尊敬される兄になりたいと。けれど失敗したな」
 曖昧に微笑んだ。

「何を言われますか。私にとって兄上は何物にも変えがたい大事な兄。父上がいない時、兄上の存在は力強く感じました。立派な兄上ではございませぬか」

「そう…か?」
 まっすぐな瞳で言われ、たじろいでしまう。

「私は、兄上についていくって決めてるうんです」
 そして、抱きついてくるのに、自分とそんなに変わらなくなった逞しい背中に手を回して抱き返した。
 いつか、手放さなくてはならぬ日が来るやも知れぬと思いながらも、今、この温もりだ大事だった。





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