戦国時代2

□想いのカケラ
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「兄上…」
 信繁は扇子に向けてせつなげにそういった。眼を細め、愛しげに扇子をなぞる。


「!!」
 禰々は気づかれないように部屋へ引き返した。


(信繁兄上は、晴信兄上を…?)
 見てはならぬものを見た気がした。
 普通なら考えられないが、女というのはそういうものを敏感にわかってしまう生き物だ。

(だとしたら、信繁兄上は晴信兄上に絶対逆らわぬ)
 絶望感に襲われた。




 諏訪頼重を亡くしてから気力を失い床に臥すことが多くなった。
 あれから信繁にはあったない。
部屋の前まで来ては、侍女に気分が優れぬからと追い払わせた。
 大好きだった兄を罵倒してしまう。汚い言葉を浴びせてしまう。そんな自分が嫌だった。せめて、信繁には可愛い妹のままでありたかった。




「姉上」
 ふと声がし、庭に向かってぼんやりと座っていた禰々は顔を上げた。

「まぁ、もしかして孫六?大きくなって。嫁ぐ前は私より小さかったのに」
 懐かしさに顔を綻ばせた。
「はい。今は元服して信廉と名乗っております」
「そう、立派になって…。晴信兄上に似てきたわね」
 そう言うと、照れたように微笑った。

「具合が悪いときいて、これ、お見舞いです」
 信廉は秋桜の花の束を手渡した。

「まぁ、涼しくなってきたと思ったら、もう秋桜の咲く時期なのね」
 禰々は受け取った花を生けてくるよう侍女に手渡した。


「信繁兄上も心配なさってました、早く元気を出してください」
 信繁の名が出ると顔を曇らせた。


「姉上?」
 負の感情を読み取ったのか、信廉が心配そうに顔を覗き込む。


「あ、兄上は汚い!同母兄を愛してるなんて」
 拳を震わせた。

「姉上、落ち着いて」
 手をそっと包み込まれ、ハッとした。

「お上がりなさいな。三条の方様から京菓子をいただいたの」
 信廉がまだ庭に立ったままということに気づいて、手招きした。ちょうど侍女が秋桜を活けて戻ってきた。

「では、ご相伴に預かります」
 草履を脱いで、ひょいっと上がる。

 侍女は心得たもので、菓子を朱塗りの皿に載せて信廉と禰々の前へおいた。少し経ってから別の侍女が茶をたてて運んできた。


「姉上、実の兄を好きになることはいけないことですか?」
 そう言いながら信廉は菓子切りで三等分にした菓子を口の中に放り込む。
 元服したとはいえ、酒よりも甘い物の方が嬉しいといった感じだ。

「だって、同じ血でできてるのよ?」
 昔から同母の兄妹でも結婚は罪とされた。

「だからこそ、私はその苦しみをわかってあげたいのです。−ごめんなさい。私は弟だから、信繁兄上の味方をしてあげたいんです」

「……」

(信繁兄上の苦しみ…。決して実るはずのない恋ならどうして想い続けてるのだろう…)


「妾は……」
 キュッと下唇をかみ締め、俯いた。握った拳が震えていた。



「人の気持ちはどうすることもできないもの。憎んでも恨んでもいいと、信繁兄上が申しておりました」
 禰々の気持ちを感じ取り、最後の一口の茶を啜ると、ご馳走様といって、再び庭へ下りた。

「でもね、晴信兄上も信繁兄上も姉上のこと大事に想ってらっしゃるんですよ」
 人懐っこい笑みを浮かべ、ペコッと頭を下げて出て行く。



      *

 晴信が諏訪頼重の姫を側室に望んでいるときいた禰々は、この頃自分から部屋を出ようとしなかったのに、この時ばかりは反対の意を唱えに来た。一時期は母と娘の間柄だった姫を政の犠牲にはしたくなかった。幸い多くの家臣が反対した。晴信もこればかりは我を通せぬと思ったようだが、山本勘助の賛成にちらほらと賛同する者がでてきた。


 しばらく経って、頼重の叔父、諏訪満隆に伴われ、躑躅ヶ崎の館へやってきた姫と再会した。まだあどけなさを残す姫は、禰々に気づくとニコリと微笑んだ。
 向き直ると背筋を伸ばし、堂々とした立ち振る舞いで晴信の前へ出た。


「諏訪をよろしくお願いいたします」


 嗚呼…

(姫は、諏訪の国と家臣を守るために来たのだわ)

 まだ14歳のあの小さな肩に多くのモノがのしかかっている。


(でも赦せない)


 いずれ憎しみも怨みも消えるのだろうが、時を経ずに禰々は逝ってしまった。







****

【朱華の思い込みですが】
禰々と諏訪の姫は姉妹のように仲がよかったんです。側室になることを断固反対していました。けれど、諏訪の家臣には側室に推すものがおり、諏訪を守るため自ら側室になることを決めます。禰々の姿を見て、同じく政略の道具となる自分に勇気付けました。


  











 
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