戦国時代

□信濃川
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 躑躅ヶ崎の館につくと、物々しい警備がされていた。



「信繁が参ったと、お屋形様に伝えてきてくれ」
 一緒に来たお屋形様の小姓に言う。
「お、お屋形様は、典厩殿は弟だから、勝手に上がらせよと申しておりました」
 礼儀を怠らない信繁を理解してる為、先を見越して小姓に命じていたようだ。

「伝えて来い」
 今度は強い口調で命じると、小姓は涙目になった。


「―兄上、小姓を虐めないで下さい。やっぱり迎えにきてよかった」
 信廉が中から出てきて、玄関の土間に下りた。咎めながらもニコニコと笑みを浮かべていた。その横に一条信竜が並ぶ。

「信繁兄者、お屋形様がお待ちですよ。信廉兄上、このまま連行しましょう」
 当年18歳の信竜は、背が高く体格もよかった。腰に手を廻すと、横から抱えるようにして連れて行かれる。

「弥三郎殿、後は任せてくれていい。他の者は、厨の方にいるから行って今夜の準備を手伝ってもらえぬか」
 信廉は、小姓に向けて優しく言った。

「は、はいっ!」
 ちょうど緊張が解けたように元気よく返事をして、走っていった。



「―お屋形様を待たすとは忠義者の典厩殿が聞いてあきれますな」
 廊下ですれ違いざま、長坂が嫌味を言ってきた。

「私はこのとおり不忠者だ。お屋形様の機嫌を損ねてしまっては、ご機嫌取りをしなくてはならぬな。長坂殿を見習って」
 厭味に厭味を返すと、通り過ぎていく。舌を打つ音が、後ろから耳に届いた。


「あんなことを言われて…、俺なら流血沙汰になって増すな」
 曲がり角に待ち伏せするように立っていた飯富源四郎が言う。

「やはり、私の言い方はきつかったか?」
 そんなことを指摘してるわけではないのだが。
 どちらにせよ、誰に対しても穏和な信繁が珍しい。

「侍は、侮辱されたら怒るものだと秋山が言っておりました!!」

 源四郎の隣にいた春日源五郎が顔を真っ赤にして叫んだ。大好きな信繁の屈辱がわがことのように耐えられないといった感じだ。


「あんな役にもたたぬ愚者、斬ってしまいたいのだがなぁ。お屋形様が申すのには、戦には向かないが、統治力はあると評すものだから仕方ない」
「そう申すのなら安心しました」
 源四郎とて、あんな者面白くない。

「信繁兄者も飯富殿も過激であられる…」

「それより、本当にお屋形様が待ってるから行きましょう」
 源四郎たちが立っているそこは、謁見の間のすぐ近くだった。自分たちの声も聞こえているだろう。
 中々入ってこないのに、焦れているはず。
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