戦国時代
□たけだ家・馬のきもち
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次の日、自分の馬の世話をしようと厩へ行く途中、昨日会った少年が少し下に見える元服前の童子を馬に乗せていた。
「−あにうえぇ、高い高いですぅ」
「はしゃぎすぎて落ちるなよ、藤若」
キャッ、キャッと、はしゃぐ童子を乗せて、少年が手綱を引く。
(弟か?それにしては似てないけど)
少年は、面長のすっきりした顔立ちをしているが、童子は女の子のような愛らしい顔だった。
(−いいなぁ)
しばらく見ていた源四郎は、羨ましく思った。自分にも腹違いの兄がいるが、親子ほども歳が離れている。もちろん遊んでもらった覚えも、武芸を教わった覚えもない。だからといって、母も自分も兄のおかげで生活してこられたのだから、尊敬してないわけではない。
「あにうえ、一緒に乗って走りましょうよ」
童子が少年が持っている手綱を軽く引っ張る。
「今日は駄目。乳母殿に渋々了承を得たのだから」
「他の武将の子は、私の歳には皆、一人で馬ぐらい乗ってますよ」
プゥと、頬を膨らませた。
「そうだな、そのうち兄上が馬の一頭ぐらいくれるだろうから、そうしたら訓練しような」
「はい。そしたら、この幡龍と一緒に走りましょう」
機嫌よくニコニコと笑う。
「んー。そろそろお屋形様の軍議が終わるな。藤若、会っていくか?」
「はい、もちろん」
大きく頷く。
「−源四郎殿も一緒に行くか?」
いつから気づいていたのだろうか、少年はこっちをまっすぐ見ていた。
(軍議?終わる?−そうだ、お屋形様のお供をしないと)
「あ、え、と…」
焦っていると、少年が馬を引いて近寄ってくる。
「それとも、何か用を言いつけられているのか?だとしたら悪かったね、邪魔しちゃったみたいだ」
少年は自分を気にして立ち止まっていたのをわびているようだ。
「……」
「なんなら、お屋形様に誤っとこうか?少し遅れますって」
ニコッと人懐っこい笑みを浮かべた。
「あー、えっと」
源四郎はコメカミに手を当てた。
「ん?」
「貴方誰です?」
「……」
源四郎が真剣な眼差しでいうのに、少年は「マ」の抜けた表情をし、一気に声を出して笑い出した。
「信廉あにうえ、何がおかしいの?」
上から童子が不思議そうに覗き込む。
「だって。そうか、私は名乗ってなかったっけ。ほら、これ、これと同じ絵が兄上のところになかった?」
そういって、衿の合わせから取り出された絵は、二頭の馬が並んでいる絵だった。
「あー、あー!?」
確かにそれは昨日、お屋形様の部屋で見た絵と同じだった。
(どおりで。秋山殿に似てるって思った時に気づけばよかった)
秋山も武田と同族だけあってお屋形様に似ていた。年が近い分、秋山のほうが似ているのだ。
「私は武田晴信の同母弟の信廉だよ。こっちは、異母弟の藤若。もうすぐ元服して正式に一条姓を名乗ることになるけどね」
馬上の童子のほうに顔を向ける。
「お屋形様には、弟も妹もたくさんおいでだから分からなかった」
普段会うこともない。
「そうだね。私は、母上の館にいることが多いから。私は、源四郎殿のこと、何度か見かけたことがあるよ」
(そういえば、前に春日殿がお屋形様の弟で、一目見ただけで名前と顔を覚えてしまう者がいるっていってたっけ)
お屋形様の母君、大井夫人に書状を届けにいったこともあった。そのときに見かけたのかもしれない。
ジッと、見つめていると、笑みを消して、不思議そうな表情に変わる。
「ん?」
「し、失礼しました。信廉…様」
「別に様は付けなくていいよ。私も皆と同じ、お屋形様の家来なのだから」
家来ということにすれているわけではなく、誇らしげだった。
「じゃあ、参ろうか。お屋形様の所へ」
ギュッと手を掴み、そして、再び微笑うのだ−−。
−−−−−
飯富源四郎は後の山県昌景です。
藤若は後の一条信竜。幼名は、「八郎」が無難なんでしょうが、私が妄想するところ、無理やり側室にされた信竜の母は、武田信虎の八番目の男児というのがきにいらなくて、自分や、乳母などの側近には、べつの名前で呼ぶようにしていたというわけです。