真田家
□三男坊の憂鬱
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真田源五郎には、十歳上の信綱兄と、四歳上の昌輝兄がいた。
源五郎は最近この二人に憂鬱を感じていた。
二人の兄は特に真田幸隆の三男、源五郎をかわいがっている。
源五郎の行くところへは必ず兄が付いていった。食事をするにも、風呂に入るのも、何をするにも兄と一緒だった。
源五郎ももう、八つだ。着物も着られ縷々し、髪も結える。しかし、兄は何かと世話を焼きたがる。
ある日、柿の実が欲しくて眺めていると、どこからともなく信綱兄が現れて、木に梯子をかけた。
「柿の木は折れやすくて危ないからな。絶対、源五郎は登ったりしないように」
そう言って、梯子を登って行く。
源五郎も登ってみたい、そう思って梯子に手をかけると、これまたいつの間にかいた昌輝兄に止められた。そして、信綱兄が柿の実を掴んで「放るぞー!」と叫んできた。もちろん源五郎が受け取る気で手を広げた。しかし、柿の実は昌輝兄の方に落ちてきた。見事二つを続けざま受け取り、
「ほら、源五郎」
真新しい手ぬぐいで表面を拭いてから手渡された。
源五郎は少しがっかりした。このぐらい自分でもできるのに。兄は気を回してすべてやってしまう。
それでも兄達は自分を思いやってのことなので、受け取ってニコリと微笑んだ。
「ありがとうございます」
「おおっ!かわいい弟よ」
ひしっと、昌輝に抱きしめられた。
「兄上、苦しいってば」
兄は、源五郎の笑みに弱い。逆に、微笑めばなんだってやってくれそうだ。
夕日のような朱の柿をがぶりと食べると、甘い味が口いっぱいに広がった。自然笑みになる。信綱も昌輝も、嬉しそうだった。
そんなある日、父が源五郎をお屋形様のいる甲斐の躑躅ヶ崎の館へ出仕させるというのだ。
「そんなの人質と一緒じゃないか!」と、涙する兄達をよそに、源五郎は、「ああ、これで開放される」と思った。着物を着るのも、ご飯を食べるのも自分のことは一人で全部できるのだ。
父に伴われ、初めて信濃の国を出る源五郎は、清々しさに終始笑顔だった。
父は道中、お屋形様や年長者の言うことはよく聞くようにとか、しっかり勉強し、お屋形様の役に立てるようにしろといって聞かせていた。源五郎は父を尊敬していたし、その父が敬うお屋形様もさぞかし立派なのだろうと耳を傾けていた。
甲斐での生活は、一日一日が充実していた。何より世話好きの兄がいないのは開放的で新鮮だった。
しかし、晴れ晴れしい日々はそう長くは続かなかった。
様子を見に来たと、信綱兄が現れ、ついには
「お屋形様に邸を賜ってな」
そう、嬉しそうにする信綱は、甲斐に定住とまではいかないが、砥石城と甲斐を行ったりきたりしていた。
源五郎は、いやーな顔をしていたのだが、兄は気づかず、ニコニコしている。
しかも、お屋形様も、
「お主も寂しかろう」
と、気を遣ってくだされ、兄の邸への使いを任されることとなるのだ。
三男坊の憂鬱はまた新たに続く。
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うちの信綱と昌輝は、兄馬鹿です。この話はまた違った設定ですけどね。面白いかな?って