真田家
□櫻
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廊下を歩いていると、風に乗り桜の花びらが一枚飛んできて、足元に落ちた。
「兄上ぇ、今年は花が咲きましたぞ」
庭から声をかけてくる次弟の昌輝は、息をきらせていた。
「やっと咲いたか」
足を止め、喜びの表情を浮かべている次弟に笑みを向けた。
三番目の弟―源五郎が甲府の躑躅ヶ崎の館へ行った年、そこに咲いていた桜の枝を手負って持ち帰ってきた。離れて暮らす弟とせめてもの繋がりと思って。
後で戸石城の庭に植えたのを父にみつかりこっぴどく叱られた。
あれから五年。ようやく蕾をつけた時は、昌輝と二人で歓喜した。
庭に降り、まだ若い桜の幹に手を触れる。
「源五郎もこの花を見てる」
「源五郎ぉ〜…」
弟を思い出したのか目に涙をため、木にしがみつく昌輝。
愛しい愛しい弟よ。
風が吹くたびに枝が揺らされ、ヒラリ、ヒラリと花びらが昌輝の頭に落ちるのに信綱はそれに手を伸ばす。
髪を一筋すくって、顔を近づけて行きそれに口づけた。陽だまりの匂いが鼻をくすぐる。
源五郎と違った意味で愛しい弟だ。
「あにぅ…」
頭の上の幹に右手をつき、左手は顎を持ち上げて唇に唇を重ねた。
「ん…」
「昌輝…」「ぁ、兄上ぇ…」
キュッと目を閉じ、真っ赤な顔になってすがり付いてくるのに、愛しさがこみ上げ、さらに深く口づけた。
「―ふぅん、お二人はそんな仲だったんだぁ?」
(え?)
驚いて後ろを振り向くと、
「だ、弾正殿!?」
「幸隆殿に用があって通りかかっただけなんだけど、まさか息子二人ができてるなんておもってもみないでしょうね」
高坂昌信が、口元を歪めて廊下に立っていた。自分たちを見る目は冷ややかだった。
「こ、このことは、なにとぞ内密に…」「父上にも源五郎にも言わないで下さぁ〜い」
二人とも血の気を引かせて懇願する。
「―まぁいい。言わないでおくか」
高坂は暫く二人の顔を見ていたが、吐息をついて言った。
「あ、ありがとうございまするぅ」
涙ながらに礼を言う。
「幸隆殿には世話になっておるからな。あの人を悲しませたくない。それに、源五郎は、お二人をそれはそれは尊敬しておる様子。知れたらどう思うか」
意地悪く二人をチラッと見る。
「だ、弾正どのぉ」
(もしやこの方、男色を毛嫌いしてる?)
大変なことを知れたと二人は顔を見合わせた。
「ほ、本当に内密にお願い申し上げまする」
ふたたび懇願する。
「わかっておる。先ほど言わぬと申したろう」
しつこいとばかりにあしらわれた。