戦国時代2

□たけだ家・道化者
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 市が出、賑わっている通りを一条信竜は、めぼしいものがあると立ち寄り、品定めをして歩いていた。


「ふーん、三河石、ね…」
 広げられた筵の上に並べられた長方形の石を手に取り、重さを確かめ、指で撫でる。偽物かな、と、思って、再び筵に戻した。
 三河石は硬く、砥石に適していた。

 と、その時、大歓声がわきあがった。


「なんだろう?」
 人だかりができている方を背伸びしてみてみるがよくわからず、そちらへいってみる。




「−やぁぁー……」
『きゃー…!』

 人だかりを掻き分け、見える位置へ辿り着いた信竜は驚いた。今井信俊が、小刀片手に、若い女子(おなご)が投げてくる野菜を斬っていたのだ。


(うーん、どうしようかなぁ?話しかけて中断させるべきか、終りまで続けさせるべきか)
 信竜としては何故大道芸の真似事をやってるのか知りたいところだ。


『わぁー!!』
 続いての歓声は、投げられた芋を小刀へ次々と刺していくものだった。信俊は慣れたもので、一つももらさず串刺しにしていく。女子との息もぴったりだった。信竜は目と目だけでそれを合わせているようで気に食わない。

 それが、最後だったようだ、女子が一礼し、笊を取り、観衆から金を貰い始めた。
 疲れた顔をしながら満足そうな信俊へ後ろから軽く飛礫を投げつけた。
 袴の裾に当たったその小石の感触に振り向いた。


「い、一条殿!?み、見てたのか!?」
 真っ赤になった顔を手で覆う信俊をニコニコして手招きした。


「副業なの?」
 意地悪く言ってみた。
「ち、違うよ!ちょっと頼まれて…」
 焦りながらそう言って、観衆から金を集めている女子をチラッと見た。

「ふーん、綺麗な人だねぇ?」

「甲州にはない顔だな。流れ者か?」
 背後から違う声がした。
「あっ、馬場殿!」

「ま、まさか、馬場殿も見ていたのですか!?」
「信竜殿が見ていたので気になった故」
「////」


「馬場殿、お使いですか?」
 外出着のため聞いてみた。
「あぁ、お屋形様の使いでな。では、某はこれで…」
 そう言って、躑躅ヶ崎の館の方へ歩いていった。



「馬場殿を使いに出すなんてよっぽど重要なことなんでしょうね?」
「諏訪家を滅ぼしたとはいえ、信濃には、小笠原氏や村上氏などの豪族がいるからね」
 にこやかに答えた。穏やかな気質で、兄を思い浮かばせる。




「お侍さーん、はい、約束の分け前」
 女が見物量を回収し終え、信俊のところへ来た。
「約束より多いのではないか?旅暮らしでは金が要るだろう」
 ずっしりと重い巾着を受け取って言う。

「怪我した相方の代わりをしてもらってんだからこのぐらい。それに、また稼げばいいんだからさ」
 そう言って女は押し付けてきた。さっぱりとした性格で気分がいい。


「気前いいねぇ。この人は、お屋形様の親類衆だからお金に困ってないっていうのにねぇ」
 信竜が信俊の肩を掴んで言う。
「ちょっと…!一条殿!!」
 身分をばらされて焦る。

「ええ!?−どこかの屋敷の郎党かと思った…」
 驚いた後、すまなそうにした。
「もぉ…」
 困った表情をし、信竜を恨めしそうに見た。

「そっちのお方は…、着てるものはいいみたいだけど?」
 信竜の方をジッと見た。
 派手好きな信竜は、地味な格好の信俊と違い、白地に赤く染め抜いた牡丹、葉を金の糸で刺繍した着物を着ていた。すらりと背の高い信竜によく似合っていた。

「私の兄上は躑躅ヶ崎の館の主なんだ」
「ええー!?」
 女もそれがどういうことかわかった。甲斐の国主の弟なのだ。
「異母弟だけどね」
 付け加えて言うと、女は恐縮したような表情になった。



       *

「一条殿は人が悪い。わざわざ身分を明かさなくともよかったろうに」
 信俊は窘めて言う。あの後、女と別れ、一条邸へ信俊を連れてきた。


「だって、教えたほうが面白いと思って」
 信廉に似て、ちょっとした悪巧みが好きなのだ。信元を粗悪者と呼んでる割には、正義漢というわけではない。



「ああいう旅の者に情報を流すのは危険だよ。命の危機にさらされるかもしれない」
 周りの国々で情報を欲している。
 戦場でお屋形様の弟首だとわかれば狙われないとも限らない。
「そん時はそん時だよぉ。−信俊殿みたいな使い番のほうが危ないよぉ」
 伝令を伝えさせぬよう妨げられるときがある。
「わかってるならばらさないでくれ」
 信俊もまだ若い。あまり死への恐怖はなかったが、信竜を失う方が怖く感じる。
 戦場では護ることができない。侍大将などと華々しいものはいらないからせめて信竜の副将ぐらいにはなりたい。




「ごめんねぇ。だって、あの女の人ったら隙がないんだもの」
 困った顔を見てみたいと思った。


「−このおしゃべりな口を塞いでしまおうか…」
 二人見つめあい、信俊が信竜の顎に手をかけ顔を近づけて口付けた。触れただけで離れると、信竜がへへと、嬉しそうに微笑み、もう一度唇を重ねた。今度は長く、舌を絡ませ、強く吸う。
 まだ慣れぬ感覚に胸がドクドクとなる。


「んんっ。−ぁ…信俊どの…」


 そうして、互いの体温を確かめるように抱き合った。










今井信俊殿は武田家と同族です。勝頼の最期に付き従った人。忠臣というイメージが強いです。最初信虎公の使い番となり、家督交代で、晴信公に仕え、勝頼公にも忠義を尽くしたわけですし。ちなみに小宮山兄弟も、晴信公寄りで、勝頼を戒めた故、喚起をこうむり蟄居を命じられたにもかかわらず、最期は勝頼公と共にしてます。信竜殿は切腹だか討ち死にだか、はっきりしないみたいですが、長男と共に篭城してました。 








 

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