戦国時代2
□穂の香
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「−お、平三郎ぉ」
三枝邸の生垣の前を金丸平三郎が通ると、三枝宗四郎が気づいて声をかけた。庭で弟達に剣術を教えているようだ、木刀を持って立っていた。
「平三郎どの、兄がいつもお世話になっております」
宗四郎の三つ下の弟がぺこりと頭を下げる。
「なっ!俺の方が年下だから平三郎の面倒を見てんだぞ!」
顔を真っ赤にして怒鳴る。
「問題を起こすのはいつも兄者で、平三郎どのを巻き込んでるってききました」
「そ、そんなこと…」
「ほら、当たってるから言いよどむんです」
「弟殿はしっかり者だ」
中腰になって、宗四郎の弟の顔を見、年の近い弟はいいなと思う。平三郎のすぐ下の弟はまだ六歳だ。
「ほんと、平三郎どのが実の兄なら自慢したくなりますのに、少しは兄者も見習っていただきたいです」
あからさまに嫌味を言う。
「このぉっ!言わせておけば!」
木刀を振り上げた。
「宗四郎殿やめてください!弟殿も兄に対してそんな口の利き方は駄目だよ」
宗四郎を押さえ込み、弟へ諭すように言い聞かす。
「……。弟殿じゃありませぬ三枝五郎太(守義)です!」
キッと睨みつけた。宗四郎とよく似た鋭い眼だった。
「そうだね。ごめん。ちゃんと名前があるのに。ホント、しっかり者だ」
宗四郎の弟の名前は知っていた。
幼いながらも聡明で愛着がわいてくる。これだけ年の近い年下の者と接するのはあまりなかったからかもしれない。
宗四郎たちは手を洗うと、邸の中へ入っていった。
一番日当たりのよい部屋に案内されると、宗四郎の母上が座っており、赤子が布団に寝かされていた。
母上に挨拶すると、優しい笑みを浮かべられた。そして、これからも宗四郎と仲良くしてねと、鈴が鳴るような声で言われた。
「ほら、弟の源八郎(昌吉)だ。かわいいだろ?」
手招きして生まれて一月ほどの赤子を見せられる。このために今日呼ばれたのだ。
「わぁ、ちっちゃいねぇ」
声に反応してか、瞼をピクピクさせる。
「平三郎どのにも弟がいっぱいいるときいてます。なのに、うちで赤子が生まれるたび見に来るなんて、兄者が無理を言ったのではないですか?」
「五郎太!」
不思議そうな表情をしている弟をたしなめるように強い口調で名を呼んだ。
「赤ん坊は見てて飽きないもの。五年後、十年後の姿を思い浮かべると楽しみじゃない?」
平三郎は、五郎太へ向けて優しく微笑んだ。
「そうですか?私には皺くちゃで猿みたいだと思います。まぁ、これが、いつ人の顔になるのか知りたいですが」
あどけない顔で、小首を傾げるのが愛らしい。
「−若様にお客様がお見えですが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
先ほど案内してくれた侍女が、障子の外からかしこまって言う。
「宗四郎のお友達かしら?」
母上が宗四郎へ尋ねるのに、平三郎のほうへ顔を見合わせてきた。
「どうなさいますか?」
小首を傾げる宗四郎へ怪しいものなら追い払ってやるという鋭さがあった。
「通してくれ」
「−よお、宗四郎、生まれたばかりの弟を見に来てやったぜ」
「ま、孫次郎!?」
侍女の案内でやってきた小幡孫次郎の姿に驚いた。
「誰が呼び捨てにしていいって言った!?年長者は敬え!」
睨み付けてきた。
「こら、孫次郎、喧嘩しちゃ駄目だよぉ」
おっとりとした口調で叱るのは、孫次郎の後から来た原昌胤だ。
「昌胤殿、お久しぶりです」
目を輝かせて平三郎が近づく。
「あれぇ?平三郎も来てたんだぁ?元気そうだねぇ」
ニコッと微笑まれ、ボーとなった。
「孫次郎、何で昌胤まで連れてきたんだよ。見ろ、平三郎がボーとなってるじゃないか」
孫次郎の耳元で言って小突いた。
平三郎は昌胤のことが好きなのだ。
「ケチケチすんな。昌胤殿が赤子を見たいとおっしゃられたからだ。−平三郎がいるなんて知らなかったし」
孫次郎とて、平三郎がいては都合が悪いので、嘘じゃない。二人が相思相愛なのは知ってるが、孫次郎も昌胤を念兄にと望んでいたのだ。
「母上殿、これ、父上が、祝いなら酒だろうと持たされました。あと、某の母上から柏餅を。お口に合うかわかりませぬが」
酒瓶と布をかぶせた平らな笊を宗四郎の母上の前に差し出した。
「わざわざありがとうございます。小幡殿にも後でお礼を申しなくてはなりませんね
」
優しげな笑みを浮かべた。
「わぁ、ちっちゃくて可愛いね」
昌胤は、赤子を抱き上げ、平三郎と同じような感想を述べた。
「ほら、孫次郎、この小さな指にもっと小さな爪があるよぉ」
首の据わってない赤子を器用に抱えて、指をつまんで見せた。
汚れのまったくない桃色の爪は触ったら取れてしまいそうだった。
「弟達のも見てきましたけど、やっぱり怖いですねぇ」
孫次郎は恐る恐るといった感じに小さな手を軽く掴んだ。
「原殿は赤子になれてるのですねぇ。このグニャッとした物体を軽々抱くなんて」
五郎太が感心していった。
「首と頭を押さえてあげればいいんだよ」
やってみる?という風に顔を覗き込まれ、赤子を手渡された。
と、その時、赤子が盛大に泣き出した。
「あら、お腹がすいたのかしら?」
困った顔をしていた五郎太は母親が手を差し出すのを見て、渡した。
「若様方、隣の部屋にお菓子を用意いたしましたので」
侍女が心得たもので、部屋から退かせようとする。
「いえ、ちょっと赤子が見たかっただけなので、私たちは帰ります。行こう、孫次郎」
昌胤は頭を下げ、立ち上がった。
「昌胤殿、帰られてしまわれるのですかぁ?」
平三郎は残念そうな表情をした。
「宗四郎の母上殿が気疲れされてしまうでしょう?後で、うちにおいでよ。気を遣う人なんていないから」
昌胤の父は一年前に、母はうまれてすぐ亡くなった。まだ奥方も迎えていない。その為、邸では昌胤独りである。
「そうですか。じゃあ、そのうちお伺いいたします」
平三郎を悲しませないための社交辞令だとわかっていても宗四郎は胸が痛む。
「どうもお邪魔しました。−宗四郎、その赤子、お前そっくりだな」
孫次郎はからかっていった。
「弟なんだから当たり前だろ!」
顔を真っ赤にして怒鳴り、背中を押して追い出した。
そんな宗四郎を母親が目を丸くしてみていた。
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三枝守友邸と、昌胤邸って並んでるんですが、朱華(はねず)の都合上、父親の邸は別の所にあったという設定です。