戦国時代2

□たけだ家・飛翔
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「お屋形様のどこが好きなんですか?」
 春日源助は信繁に思い切って聞いてみた。
 しかし、信繁はただ微笑んだだけだった。






「せつないなぁ」
 ふぅとため息をついた。
 源助は信繁が好き、信繁はお屋形様が好き。けれど、お屋形様には三条の方様という正室がいるし、禰津の美佐姫という側室もいる。


「何、ため息ついてんだ?」
 上から声がして、顔を上げると、見知った顔があった。


「なんだ、秋山か」
「なんだはねぇだろ?悩み事か?それともまた誰かにいじめられてるのか?」

 源助は出仕したばかりの頃、百姓の出とさげすまれ、いじめられていた。秋山信友は、お屋形様と同族でありながら、それをひけらかさず、源助を助けていた。信繁に言わせると、無頼のお節介焼きなのだとか。


「お主はいいよな。あの方の隣にいられる」
 羨ましく思ってしまう。

「信繁のことか?」
 源助が想いを寄せている相手を知っている。
「私もお屋形様と似た顔ならよかったのに」
 質問に答えず、勝手に話す。

「似た顔だって慰めらんねぇぞ」
「それは、お主が粗忽者だからだろ?」  またため息をつく。
「そうじゃなくて、あいつはお屋形様じゃないと駄目なんだ」
 代わりなんて必要としていない。

 その時、頭上をおおるりが飛んでいった。

「ほら、あれ、お方様もかわいがってる鳥だろ?どれも似たようだけど、同じじゃない。信繁にとって俺はそんなんだよ」
 そう言って、悲しそうな顔をした。

「でもさ、やっぱり、似た顔ってのは得だと思うぞ」
 悔しそうに言う。


「顔が似てるってぇのは辛いんだ。ま、お前でも信繁を変えるのは難儀だろうけどな」
 本当は、もう一つ理由があるのだが、それは言わない。



「秋山はずるいな。典厩殿の幼馴染というだけであの人の何でも知ったような口を利く」
「工藤殿」
 後ろからヌッと現れたのは、工藤昌豊だ。やはり信繁に気がある。


「ほんとに。全否定される身にもなってほしいですよねぇ」
 源助は工藤に同意を求めた。

「まったくだ。典厩殿に言われるならまだしもな」
 うんうんと頷いた。

「だったら、信繁に告白でも何でもしやがれ。まったく、何もしないで人をうらやむな」
 呆れて吐息をついた。


「告白できればこんなとこでうだうだしてない。典厩殿はお屋形様の御舎弟だぞ」
「そうだぞ、秋山みたいに軽々しくできやしない」



 お屋形様のどこが好きか聞いた時、ただ微笑んだだけだったのは言葉にできないほどの一途な想いと、自分の中にとどめておきたい気持ちがあったのだろう。



「ふん、だったら勝手に同類哀れみでもやってろ」
 秋山は自分と性格が異なる二人ならなどと思えやしない。それほど昔から信繁と一緒にいるのだ。


「でも好きなんだ」
 ため息混じりに言う源助の隣で工藤も同じようにため息をつく。


「守られるのでなく、あの方の頼りにされたい」
 源助が羨ましく思うのは同い年の秋山が頼りにされているから。


「願うのは勝手だがな…」
「だからお主は決め付けるな」
 工藤は気に食わない。

「そうですけど信繁は…」
「私がどうした?」
「わっ!!」
 当人の声がしたため驚いた。


「典厩殿ぉ、好きですぅ」
 いきなり源助が抱きついた。

「どうした、源助?まだ誰かにいじめられたか?」
 いくらか背の低い源助の頭を撫でる。秋山に見せるものとは違った優しげな眼差しは、慈しんでいるのだろうが、恋とは違う。



「―で、信繁がどうしたって?」
 少しイラ立たしげに勝沼信元が言う。腕を組み、ジロッと睨みつけてきた。どうやら信繁と一緒にいたらしい。


「信元殿…。信繁がお屋形様を好きで好きで仕方ないって話です。別に悪口じゃないですぜ」
 秋山がやけのように言うのに、信元は納得して、ほぅと、面白そうに笑った。従兄弟であるのにあまり似ていない信元は穏和な信繁と違って鋭さがある。


「なんだ、それで信繁の取り合いか?幼い頃から見慣れた顔だが美人だしな」
「ま、まさか、信元殿も典厩殿を…!?」
 信元はからかって言ったのだが、工藤は真剣に受け止めたようだ。
「ふんっ、信繁の本性を知ったら好きになるかってんだ」
 誰にでも優しい信繁だが、信元に対しての態度は違うらしい。嫌そうにしているが、気心が知れた従兄弟同士、二人でいるところをよく見かける。


「だいたい、俺の好みは、信友だしなぁ。顔もよければ性格もいい。念若に望まれないのが不思議なぐらいだ」
 肩をぽんぽんと叩かれた。

「そんなこというのは信元殿ぐらいでさぁ」
 呆れた口調で返した。
 念若に望まれないのは、お屋形様に似た顔と、信繁の念者だという噂のせいだろう



「なんだ?秋山は勝沼様のお気に入りなのか?」
「違う!」
 無邪気な表情の源助に秋山が力いっぱい否定する。

「拒絶されると燃えるものだ」
 信元はニヤッとする。



 秋山はやれやれと思いながら、信元の手をはがした。









信元殿は朱華のお気に入りです。いじめられても信繁と一緒にいる、典型的ないじめられっこ。

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