戦国時代2
□想いのカケラ
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−1541年 諏訪攻め−
三年連れ添った夫と引き離され、禰々は躑躅ヶ崎の館へ戻ってきた。
諏訪城は実の兄・武田晴信に攻められ落ちた。一緒に府中へ来た諏訪頼重は東光寺に監禁されているという。
「−禰々、今度のこと、武家の習いと思い辛抱してくれ」
次兄の信繁が禰々を慰めに来た。
父を追放し、長兄はお屋形様になっていた。一人できた彼を罵った後、入れ違いに信繁が来たのだ。
三年前も諏訪に嫁ぐことを案じていた次兄の変わらぬ優しさにホロリと涙が零れた。
「−元気を出せ。お主は寅王の母だろ?しっかりせねば」
晴信はいずれ寅王に諏訪の領土を継がせるといっていた。
(では、頼重様はどうなるんだろう?)
出家させられるか命を絶たれるかのどちらかだ。
信虎公が同盟を結んでいたとはいえ、武田家の家臣の中には諏訪家憎しと根強く思ってるものが多い。
「信繁兄上…」
不安そうな表情をすれば、信繁は安心させようと穏やかな笑みを返してきた。
(信繁兄上ならきっと妾が哀しむことはなさらないはず)
昔から周りの者の気持ちを察してきた兄だ。自分のこともわかってくれるはず。
(妾は同腹の妹だもの)
特に可愛がられたと思う。
その時、奥の部屋で大きな泣き声がした。
「寅王が起きたみたい」
寅王の傍には侍女がいた。抱き上げ、あやしてる声が微かに聞こえてきた。
「腹が減ったのだろう。私は出て行くから、乳を飲ませるといい。−っと、あれは、お屋形様の扇子か?」
唐紙の傍に落ちている扇子を指差す。
「あら…」
入れ違いに信繁が来たため気づかなかった。
「取りに来るやもしれぬが、私が持っていこう」
「もし、晴信兄上が来たときには、信繁兄上が持っていったと伝えておきます」
いよいよ寅王が本格的に泣き始めたため、侍女が困った顔で禰々のところへ抱いてきた。
「おなかが空いたの?寅王」
侍女から受け取って抱き上げる。
信繁は微笑んで、部屋を出て行った。
次に信繁が来たのは、諏訪頼重が東光寺で切腹したと聞いた後だった。
「なぜ止めて下さらなかったのですか!?」
禰々は掠れた声で怒鳴った。目は充血し、むくんでいた。ずっと泣いていたためだ。
「お屋形様が決めたことだ…」
信繁は辛そうに顔を歪めた。
(そうだ兄上は妾の辛さをわかってくれてる…。きっと、晴信兄上に反対してくれたはず。だけど、他の者達は晴信兄上に賛成して、信繁兄上の意見は通らなかったんだわ)
禰々はそう思うことにした。
「寅王を健やかに育てろよ」
「はい…」
俯いて返事すると、涙が零れた。−と、その時、懐からはみ出した扇子が目に付いた。
「兄上、その扇子、まだ晴信兄上にお返しにならなかったんですか?」
「え?あ、返しそびれた…」
明らかに狼狽していた。
(信繁兄上も色々忙しいのよね?)
そう自分に言い聞かす。
信繁が部屋を出た後、羽織が置き去りにされてるのに気づき、
(もお、兄上ったら…)
禰々はそれを掴み、信繁に届けようとして立ち上がる。
部屋を出た少し先の廊下に信繁の姿が見えた。
「あ、あにう…」
呼び止めようとした声が信繁の行動により止まった。