戦国時代2

□たけだ家・鬼哭
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「ご機嫌麗しゅう、信繁」
 廊下ですれ違い様、声をかけられ、一瞬、誰なのかわからなかった。

「信元、か…」
 背が伸び、声変わりしつつある従兄弟に懐かしささえ感じられたのは、父、信虎が追放された後で、初めて会ったからだろう。


「お主が、身を売って、保身してると専らの噂だ。国が割れ、内乱になる恐れがあるお主が生きておるのだから、そのような噂が流れてもおかしくないと思ったのだが、なるほど、このように色香が漂っているのなら仕方ない。一度ならばと狂う男の気持ちもわかるというもの」
 嘲るように笑うと、衿を掴んで引き寄せ、唇を奪われる。


「んん…。ぁ…、―な、何を…!?」
 驚いて突き飛ばした信繁は口を手の甲で拭う。
と、その時、信元の頭をつぶてが直撃した。

「ってぇ!誰だ!?」

「信繁兄者から離れろ!」
 甲高い童の声が響いた。

「なんだぁ〜?チビ」
 鋭く睨むが、童も臆せず睨み返してきた。

「チビじゃない!この鬼畜め!」
「なんだとぉ!?」
 信元は拳を握り締める。

「藤若!」
 信繁が二人の間に割って入った。

「藤若?―あぁ、一条の…」
「私の弟だ!」
 信繁は藤若を後ろに庇う。
「弟ねぇ。ちっとも似てねぇなぁ」
 嘲笑して言う。

「かわいいだろ?」
 後ろからギュッと抱きしめ、ニコッと笑う。


「はいはい、美しき兄弟愛って奴ね。邪魔な某は退散しますよぉ。まったく、兄大好きは遺伝かぁ?」
 ぶつぶつ言いながら歩き出す。

「信元、頭、冷やしとけよ。つぶてが当たった所」

「わーてる」
 後ろ手に手を振った。



 ◆◇◆◇◆◇

 夜中、気配を感じ目を覚ました。

「誰だ!?」
 信繁は闇に声を張り上げた。

「シー。昼間はチビに邪魔されたからな。夜這いに来た」

「信元?」
 信繁は緊張を解いた。

「なんだ?頭の怪我がうずいて眠れないのか?どれ、私が診てやろう」
 近寄り、頭に手を伸ばす。


「いてて…」
「大きなこぶになってるな。痛むか?」
 からかっていう。

「誰にでも優しい『信繁殿』が、俺に対してだけは昔からこうだった」
 信元は手を掴み真っ向から見つめた。
 それは、身内であるからこそ気どったりしないとわかっているため、恨みはしない。

「信元は、昔から、刀のようにその目をぎらぎらさせていた」
 従兄弟だけあって信繁と似た切れ長の瞳をしていた。だが、その光は違っていて、信繁は穏やかなのに対して、信元は獣のように猛々しい物であった。


「これでも昔から辛酸を舐めてきたもんでなぁ」
 父の勝沼信元が戦死したとき、信元はたった十歳で家督を継いだ。そう、今の藤若と同じ年だ。


「そうだなぁ。お主は一人でよく家中をまとめてる」
 後見の者がしっかりしてるのだろうが、しかし、当主に泣き言は許されない。

「そうそう、苦労は男を磨くってねぇ。おかげで実年齢より老けて見える始末よ」
 声を抑えて笑う。
 実際、信繁より一つ下なのだが、五つ上の晴信と変らなく見える。






















         
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