戦国時代

□たけだ家・傷痕
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 −1546年−

 お屋形様の部屋から出てきた信繁の顔が青ざめているように見えた。

「どうした?信繁」
 心配して声をかけた。
「信友…。べつに…」
 と、踵を変えて廊下を歩いていこうとするのに、下から腕を掴み、庭へ引き摺り下ろした。そして、そのまま、お屋形様の部屋から遠ざけるように、強引に引っ張っていった。

「信友、痛いって」
 人気がないところまでくると、信繁が不満を訴える。
「あ、悪い…!?」
 その時、手首に縛られたような痣をみつけた。
 信繁は、信友が凝視している先に気がついて、手を引っ込め、袖の中に隠した。
「どうした、それ!?」
 多少のことでは驚かない、信友が大声を出した。
「信友には関係ない!!」
「関係ないって、お前!?」
 逃げる信繁の両手首を掴んで、無理矢理引き寄せると、信友の顔を見たくないとばかりに、俯いたまま、首を横に激しく振った。

「━━」
 何事かを呟き、それに腹を立てた信友が、信繁の頬を平手で打った。

「っ…」

 信友の手を振りほどき走っていく。それを見送る信友の方が痛々しい表情をしていた。


「−珍しいですね、兄上とけんかなんて」
「一条…」
 いきなり現れた男にひどく驚いた表情をしていた。

「そんな顔するなら、抱いてあげればいいのに」
 顎に指をあて、首を傾けて顔を覗き込む。
「本当にそっくりだよね、晴信兄上と。信繁兄上よりも」

「俺は、お屋形様の身代わりなんていつだってできるぐらい信繁の子と好きだ。だけど、だめなんだ」
「ダメって、信繁兄上が?それとも秋山殿が?」

 以前、口付けして、好きだといったことがある。しかし、信繁は、無理しなくていいぞと、言った。あいつは、代わりに抱かれたいわけではないのだ。
 家臣と寝ているのは、すべてお屋形様の為ということか。あの痣だって、とんだゲス野郎につけられたものだろう。
(殺したか?それともお屋形様の為、生かしているのか?)
 誰かわからぬ者に怒りがこみ上げてくる。


「秋山殿?」
 下唇をギリッとかみ締めた信友をいぶかしむ一条は、無邪気だった。
 半分は血のつながった兄弟なのに、あまりにていない。むしろ薄いとはいえ、先祖を同じとする信友の方がお屋形様に似ていた。

「あいつは、お屋形様に捧げているからな。ま、俺は、親友として支えてやれるけど、俺は、見てみぬふりをしなくちゃいけないんだろうな」
 寂しげな笑みを浮かべる。

「どうしたら楽になるんでしょうね。信繁兄上も秋山殿も辛いんでしょ?」
「あぁ…」

 お屋形様が父、信虎を追放した時、武田家に家督争いは起きなかった。決して愚鈍ではなかったが、信繁が家臣たちを懐柔したせいもある。謀反を持ちかけ、殺されたものもいる。実際、その場にいた信友は背筋の凍る思いをした。お屋形様のため、ためらうことをしない。


 
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